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蜜柑とソウルフードの話


10年くらい前にみかん農家の息子に恋をした
かっこよくて頭が良い人だった
出会った場所は大学の運動部だった
割と活動時間も長く真面目に練習する部だった

見上げるくらい背が高くて
いつも優しげな表情で競技もうまかった
3歳年上なだけなのにずっと大人に見えた

矢尺も長くてだれよりも的中率も良かった
他の人より手のひら一つ分は違った

何もしてもサマになる
スコープで的を見てサイトを調整するところも
弓具の手入れだってただ羽根の古い接着芯を
削っているだけで女の子たちがキャーキャー言ってた

どうかしてる
だけどそれくらい何をしていても
周りから認められている存在であったのは
確かだった

夏の練習終わりに先輩の横を通るだけでドキドキした
汗とレンジの土っぽい匂いがなにかを掻き立てた

胸にたくさんのキスマークをつけてきた上級生と
同じことを先輩としてみたい
そう思うまでにそんなに時間はかからなかった

そんなこと口にできるわけもなく実現するはずもない
ただ真面目に練習をこなしていた

むっつりしてても始まらないのに

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喫煙場でタバコを吸いながら
何かの過去問を解いていた
 
薬剤師国家試験と書いてある
そういえば薬学部だった
まだ4年制で薬剤師になれた頃の話だ

副流煙が嫌いでなるべく
息を吸わないようにしたいけど
話しかけたい気持ちが勝った

「お疲れ様です」

「もうすぐ模試あるからコレ過去問やねん」
「10周してるけど不安すぎるわ」

「頑張ってくださいね」

国試勉強という響きですらかっこいい
夏の時点でもう10周してたら大丈夫でしょ
話が出来て嬉しかった

今なら分かる
彼は意外と慎重派で勉強家だった

そのあと一回で合格して隣県に就職した
卒業してから本格的親しくなり
次の年の夏にはアパートまで
週末に通うようになっていた

会いにいく頻度は変わらないけど
先輩と会える時間は減っていった
仕事が忙しくて帰りはいつも深夜だった

食べるか分からない夕食を作り先に眠った
いつも日付が変わってから帰ってきた

寝たふりをしていた
そして彼は私を起こさなくなっていった

作っていた夕食はだいたい次の日の昼に
分け合って食べた
日曜の昼過ぎには大学のある県に戻った
ゼミが月曜になければいいのに

また電車を何本も乗り継いで帰る
券売機の一番端っこの街なんかじゃない 
もっと遠い場所
それでも陸路で行ける間はまだよかった

どんどんと気持ちが離れていくのが分かった
私も自分の就職のことや資格試験のことで
彼のことを考える時間が減っていった

それでよかった
でも一緒になる未来も諦めたくなくて
卒業を待たずに結婚したいと彼に言った
冷めているように見えた彼もそうしたいと言ってくれた

これで就職先の土地を選びやすくなる そう思った
彼のことはもちろん好きだった
だけど安定して同じ場所で働きたいという夢も
諦めることは出来なかった

それはどちらも叶わなかった
彼の実家に挨拶に行き玄関で早々に言われた

「うちの家系に精神疾患がある親の子を
家族に迎え入れることは反対です」
彼の母が冷たくそう言った
直接殴られるよりも痛かった

隠し事をしたくなくて彼には伝えていた
彼は理解していてくれたけど親への説明は
不十分だったようだった

彼はこれを予期していたのだろうか
していなかったとしても本当に
一瞬なにを言われているか
分からなかった

精神疾患なんてマイルドな言い方じゃない
キチガイとはっきりと言われて親を侮辱された時
足もとがクラクラした
何年たってもあの感覚は忘れられない


何が分かる あんたたちに何が分かる
何も分からないくせに
どんな思いで今まで生きてきたか知らないくせに

田舎の価値観だけで判断しやがって
ふざけんな
もう一生みかんは食べない
そんな家こっちからお断りだ

そう言いたいのを堪えて深々と頭を下げて
手土産だけ渡して逃げるように彼の家から出ていく時に

「私もまだ学生の身分で勝手なことを
言いました。申し訳ございませんでした」
そう言って謝罪した

あの場ではああいうしか無かったから
そういった事で自分を納得させた

自立してないから反論出来なかった
分かっていたのに 

そして帰宅する電車にのった
彼とは帰らなかった
一度口を開けば文句の代わりに涙が止まらくなりそうで
何も言葉を交わすことはなかった

嫌な思いが消えないまま3時間以上かけて
在来線を乗り継いだ
行き道はあんなにウキウキしたのに
今は小さな揺れひとつも鬱陶しかった

彼から着信が何度も入ったけど 無視した
多分別れ話だろうし もう何も聞きたくなかった

晴れているのに寒い日だった

家に近づくたびになんて言おう
自分の家族になんて言ってフラれたことにしようか
そう悩んでお腹が空いてきた
食べられる間はまだ大丈夫だと思った

実家の最寄り駅についた 明石焼きを食べた
ふわっとした温かい出汁を店員さんに出されて
焼き上がるより先に飲んでしまった
あたたまる、そして美味しかった

出汁もう一杯飲むか?
おじちゃんに聞かれてお願いしますと言った

おじちゃんは頼んでないのに今度はネギを入れて
出してくれた


とりあえずお腹を満たせればなんとかなる
笑って帰宅しようと思っていた
バイクに乗って自宅へ近づくたびに
これから家族に聞かれることを想像して嫌になった
結局、その日は実家には帰らなかった

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同級生の家にしばらく泊めてもらった
携帯は電源を切っていた
生活に必要なものは家族がいない時間帯を狙って
自宅へ戻り少しずつ運び出していった

そして延々とFPSゲームでオンラインプレイをしていた
完全な現実逃避だった

友人からは何があったのかは聞かれなかった
卒業に必要な単位も揃っていたし
大切な彼との未来だけが無くなった

実家からついに連絡が入って一度帰宅したのは
10日くらいあとだった

両親に「今どこに泊まってる?まさか男の家じゃないだろうな。結婚したいと言っていた彼とのことはどうなった?なんで彼はうちに挨拶にこない、ちゃんと報告しなさい」

黙ったままリビングに重たい空気が流れた
飼っている猫がウロウロと不安そうにしていた
滅多に口を挟まない祖母も心配そうにしていた

机をドンと叩く音がして父親に久しぶりに殴られた
タイミング的に最悪だった
やりかえせる訳ない
ただ黙って心の中で本当のことを繰り返した

本当のことを言ったら
父親がいなくなってしまいそうな気がした

だから
「やっぱり田舎で暮らすの嫌になったからやめた」
「今は大学の友達の家でずっと酒浸りのオンラインゲーム生活してる」と言った

もう一発殴られた

お父さんあの時本当のこと言えなくてごめん
だけど間違ってなかったと思う
いつか本当のこと話したいけど
もうやめたほうがいい気がする

だれも救われないから

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そして数ヶ月間またFPSのCOD生活に戻った
スナイパーとしてそこそこの戦績を残せるようになった
画面の中のキャラクターを自分の手足のように
動かせるようになるまでそう時間は掛からなかったし
そんなことをしているうちに彼のこともどうでもよくなったと錯覚することができた

一時的にでも忘れられたらそれでよかった

そして別れたことにした
そんなもんだろう

別れ方なんてキチンと話し合える方が幸運だ
向き合えないことだってある


数年経って就職、一度は実家近くの施設で働いた
うまく行かない

家族の近くだと気が休まらなかった
職場でも家でも支援者をしている傲慢さがあった

もう離れたい 家族から逃げたい
そんな経緯もあって今住んでいる土地の
中途採用の面接へ行った

実家からまぁまぁ遠い距離
それが私を自由にしてくれた

今はそれが逆に不自由だけどそれでいい
そうじゃないといけないと思っている

あのあと彼の実家のみかん農家は彼の弟が継いだ
一縷の望みをかけて就職したこの土地に
結局彼は戻らなかった

そして私は別の人と結婚した
そんなどうしようもない恋愛の話

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職場の女の子が彼氏とくっついたり別れたりしている
いいなぁと思う
喧嘩したり離れたり 本当に忙しそうだけど
それすらも羨ましい

意見が言い合えて
お互いの気持ちを嘘もなくぶつけ合うことなんて
私にはもう出来ないから

だから別れるにしても一緒になるにしても
どんな話も聞かせてもらえるだけでいい
なんとなく良かった頃を思い出せるから

結婚して恋愛を手放した時はホッとしたのに
そして出産して性欲を無くした

今残ってるのはやっぱり食欲くらいだ
あとは物欲かな 
久しぶりに明石焼きが食べたい

#眠れない夜に

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りょう。
無印良品のポチ菓子で書く気力を養っています。 お気に入りはブールドネージュです。

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