線香花火
一
窓を開けた。
外には積もった雪と雪かきで積み上げた雪が、一階の天井ほどまであった。
空は晴れ渡り、風もない。
毎年一番厳しい二月に、このような天気は珍しい。
他にやることはあるにはあったのだが、急いでやることでもなく、年末は仕事が忙しくて大掃除をしていなかったので、せめて旧暦の正月までにはやっておこうと朝早くからあちこちを拭いたり掃いたりしていた。
長年勤めた仕事を一月末で辞め、役所とハローワークへの手続きも終わり、とりあえずは次の仕事を探すだけ。もちろんそう簡単には見つからない。雇用保険をもらうまでの貯金はあるし、焦らずに探そうと思っていた。
とはいえちゃんと仕事を探しているという実績を示さないと雇用保険はもらえないので、ふだんはインターネットで検索し、月に何度かはハローワークに行って、相談員と直接話すようにしようと思っている。これだという仕事が見つかったらすぐに動く気持ちはあるが、それまでは正直休んでいたい気持ちもあった。
全体に掃除機をかけるのは最後にして、午前中は換気扇とガスコンロの汚れを落としたり、水まわり全般を。昼食後にすべての引き出しから紙類を取り出し、不要なものをシュレッダーにかけた。寒いものだと思いこんで、ストーブとエアコンを両方つけていたが、どうも暑いと思い、換気をするつもりで窓を開けたら、まさに小春日和だった。
家の裏側からは雀と百舌、窓の外の電線にはカラスが止まり、それぞれが鳴いていた。
紙類の処分の最後に机の引き出しを開けて整理していたら、夏に甥と遊んだ花火の残りが出てきた。たぶんもう湿気ていてつかないか、そうとう根気よく火を当てないとだめだろうと思いながら、花火が入った袋を取り出した。
他に花火に混じって、ひっそりと線香花火があった。
ふと、ちょうど二十年前、水月と花火をしたときのことを思い出した。
あの日、この光景は忘れないと、あれほど強く思い、心に刻んだのに、僕は今日このときまでいつのまにか忘れていた。甥と花火をしているときも、甥が喜んでいる姿を見て僕も楽しくなっていて、水月のことは何も思い出さなかった。
僕はあれから今日まで、何をしてきたんだろう。
日々の仕事をこなし、休日は掃除と買い物。気に入っているカフェに行ったり、一日中読書やネットをしたり、スマホゲームをやったり、たまに一人カラオケに行ったり。疲れているときはずっと寝ていたり。
水月との約束はどこへいったのだろう。
水月の言葉があんなに嬉しかった僕はどこへいったのだろう。
いつのまに。
僕はいつのまに、自分の夢と水月との約束を忘れてしまったのだろう。いや、忘れていたのではない。常に頭の片隅に、胸のずっと奥に、埃を被ってそこにあったじゃないか。そこにあるのをわかっているのに、見て見ないふりをし続けてきたのだ。
今ここにいる僕はあのときの僕の延長なのだろうか。僕はどこかであの時とは違う世界に来てしまって、無意識に違う人生を生きているのではないだろうか。
今があの時の延長だとしたら、僕はどうしてしまったんだろう。いったいここで何をしているんだろう。
いつかまた。
そう思い続けて、思い続けるだけで、二十年が過ぎ去った。
僕は。
僕はいつ、自分を見失ってしまったんだろう。
二
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