【短編小説】2回目のスタートライン☆第7話
マサトの場合②
自己開示
「マサトおまたせ~。」
陽気な声でタクミが到着した。
まったく、こちらはお前が気を遣って席を外したと聞いたばかりなんだよ。「おまたせ」は白々しすぎて、俺は思わずそっぽを向いた。
カスミはあいかわらず、シレっと「遅いじゃない」などと返している。
「じゃあ、3人そろったところで、恋バナでもする?」
「『乾杯する?』みたいな勢いで言うなよ。で、タクミ、仕事辞めたんだって?」
俺はカスミの奇想天外な提案をいなして、タクミに向き直った。
「あーうん。とりあえず、バイト探ししてる~♪」
相変わらずはコイツもだった。危機感ないな。
「その…大丈夫なのか? 正社員の仕事、探さなくて」
「え~大丈夫だよ~。それに慌てて探したって、また失敗しちゃうからさ」
「また失敗」と屈託なく笑うタクミが少し羨ましいと思った。
失敗を簡単に認められることが。
そして友人に失敗をさらりと開示できることが。
「俺も今、仕事のことで悩んでてさ、カスミに相談してたんだよ」
俺がそう言うと、カスミが横で大げさに驚いた顔をして、ニヤリと笑った。
いろいろな選択肢
「マサトは仕事、うまく行ってたんじゃないの??」
「大きな失敗はしてないよ。ただ、今の働き方とか、キャリアのこととか考えると、このままではいけないと思ってさ」
ふ~ん、と首をかしげて考え込むタクミ。押しが弱いし、ちょっと頼りなく見えるけど、心底人のことを考えられるいいヤツなんだよな。
「でね、今、おすすめの転職サイトとか調べてたの、ね、マサト」
「そうだったんだ。マサトはやっぱり、また別の会社を探して入社するの?」
ん? 俺とカスミが首をかしげる番だ。
「だからさ、別に会社勤めしなくても、マサトはエンジニアなんだから個人で働けばいいじゃないか」
「それ、フリーランスってこと? 会社立ち上げるとか?」
カスミが食いついた。さっきは真剣だったが、きっと今はおもしろがってる。
「そうそう~。マサトは身内に対して口悪いけど、社交的だしバイタリティーあるし、エンジニアの仲間集めて起業しちゃえばいいじゃん!」
「いいね、それ! そしたら、タクミも営業で雇ってもらいなよ!」
「おい、お前ら、勝手に…それにちょっと今、俺の悪口言ったよな」
冗談とも本気ともつかない話だったが、ワイワイとやってる内に、いつしか「将来はそういうのもアリかもな」と思い始めていた。
転職も考えよう、そしていつかエンジニアとして独立して仕事するのもいいな。
始まりの予感
二人と会った後、俺は転職の話を一歩前に進めるために転職エージェントや転職サイトなどを片っ端から調べていった。
中でも気になったのが、登録するだけで面接確約オファーが届く「ミイダス」というアプリだ。
「見出す」に掛けているんだろうけど安直なネーミング。でも、使いやすい。
自分の市場価値が分かるアプリでもあり、簡単な項目の入力で自分がもらえるであろう予想の年収レベルを提示してくれる。
100パーセント信じることはできないが、それを見てちょっと気が楽になった。「ああ、俺は他の会社でもやれるんだ」って。
当面は、今やっている会社でのプロジェクトで忙しいから、転職活動に時間をかけることはできない。
でも、以前のように会社に泊まり込むこともしなくなったし、泊まり込もうとするチームのメンバーを片っ端から家に帰すようにしている。
今のプロジェクト中に自分がやるべきことはやって、やり切ってから辞めてやる。
でも、できないことまで無理してはやらないことにした。
「無理しない」って決めたきっかけはタクミだ。
あの夜、俺は初めて友人たちに現状の大変さを吐き出したけど、タクミはそんな俺にこう言った。
「マサトは、なんでも器用にできちゃうから、いろいろと自分で抱え込んじゃうんだよね。チームでやる仕事なのに、チームメイトに任せきれてないんじゃない?」
「いや…そんなことは」
「リーダーだろうが社長だろうが、やってる仕事を全部、把握できる人なんていないじゃないかな」
痛いところを突かれた。言われてみれば確かにそうだった。チームを信用していなかったのかも知れない。平静を装っていたけど、リーダーだからと気負っていたのかな。
翌日から、さっそく自分がやるべきことと任せるべきことを分けてみた。
また、徹夜でやっと終わる仕事量について、上層部と掛け合うことにした。
どうせ退職しようと思っている会社だ。変な話だけど、言いたいことが言えるようになって、逆に居心地が良くなった気がする。
同じ会社なのに、同じメンバーなのに、自分が考え方を変えただけで、見える風景が違うんだ。
新人の時のようだとは言わない。あの頃よりもスキルは上がったと思いたいし、抱えるものは重くなった。
だけど、何かが始まりそうな気がして、高揚している自分がいるんだ。
今から自分の生きる道を見直して、もう一度スタートを切ってやろうじゃないか。
ありがとうを言えるように
もう一つ、俺は変えたことがある。
誰に対しても「ありがとう」の言葉を積極的に言うことにした。
これまでは、照れや反発心などで感謝の言葉を飲み込むことも多かった気がする。
誰かに何かをやってもらうのは負けた気がして嫌だったんだ。
でも、そういうのも、もうやめた。
今回ずいぶん世話になったから、カスミとタクミにも礼を言おうと連絡したら、カスミから「5人で会おう」と提案があった。
アキとのことは自分で何とかするから余計な手だしはするなと釘を刺したうえで、提案を受け入れた。
やはりアキに対してライバル心を持たないようになるためには、もう少し時間が必要だ。
今度はアキだろうがタクミだろうが、誰かと比べて自分が優位かどうかではなく、自分自身を「これでいい」と思えるようにならないといけない。
自分で選んだ道なのに、他人の学歴やキャリアなど、自分にないものを羨んで、それでいて虚勢を張って。
そうやって生きていたのは、心の底では自分の仕事やスキルにどこか自信が持てなかったからだろう。
表面だけ強く見せるのではなく、自分を底上げして本当に強く、そしてもっと柔軟になろう。
騒がしい近況報告
「すみませ~ん! ビール2つ追加で~」
「あ、私からあげ食べたい!」
ワイワイと賑わう居酒屋の中でも、ひと際うるさいのがうちのグループだ。
高校時代はカラオケ屋やファミレスで、成人してからは居酒屋で。
そしていつもグループ内でもっともうるさいのがチエだった。
「で、起業するの? いつするの? マサトが会社作ったら、事務で雇ってよ」
「いや、そんなこと言われても…。ってか、チエにしゃべったのタクミか? ふざけんなよ」
「違うよ、カスミでしょ? それより、チエって事務やったことあるの?」
タクミはサラッと俺を交わして、チエに向き直る。するとチエはちょっと偉そうに「当然」とうなずいた。
「それなら正社員の事務探せばいいのに。派遣やバイトばっかりだと不安定じゃない?」
チエは「タクミが言うか~」とひとしきり笑った後、
「前にバイトでちょっとやっただけだし、事務の正社員なんて狭き門でしょ、どうせ」
「そんなことないよ!」
それまで見守ってきたアキが突然割って入った。
アキ、前回会った時よりも健康的になってる。多分、そう言ったら「太ったって言いたいんでしょ」と怒られるな。
…と、話が逸れた。アキはチエに向けて、ちょっと怒ったように話しだした。
「チエはいっっつもそうだよね、楽な道ばかり選んでさ。確かに事務系は女性に人気で狭き門だけど、チエみたいに人当たりよくて何でも器用にこなせる人なら正社員も全然いけるんだからね。」
…怒りながら、褒めているな。
ずっとこの二人はこんな感じだな。反発してるのに、認めてる感じだ、特にアキの方が。
チエは本当に天然なのか、分かっててとぼけてるのか、アキの強い口調や苛立ちをスルーし続けている。
「だって…正社員なんて面倒じゃん…」
とは言え、アキが真剣になっているから、チエもやや及び腰。これはチエの負けか?と男子2人が静観を決め込んでいると、いつもの救世主カスミが立ち上がった。
「アキ、酔っぱらってるの? チエもいい加減、玉の輿は諦めたら?」
「酔ってるわけじゃな「え~!働きたくないもん!!」
アキの声をかき消すチエのきめ台詞(?)が出た。
「せめて玉の輿に乗るまでは安定した働き方をした方がいいと思うよ、少なくとも」
確かに。(心の声だ)
「わかってるけどさ~…。そんな都合のいい話ないよ「あるんだな、これが」
チエを遮って言ったのは、さっきのお返しのつもりか、アキだった。
「このサイト見て、チエ。無期雇用派遣だって。派遣は派遣なんだけど、期限のない派遣社員で、正社員みたいに月給制で働けるの。」
「よく知ってるじゃない、アキ。これなら、チエの好きな大企業で働きながら、のんびり玉の輿探せるかもよ~」
「えー…ちょっとタクミ、マサト何とか言ってよ」
友達は持つものだな、チエ。
2人に詰め寄られたチエは、こちらに助けを求める目を向けたが、俺たちは気づかぬ振りを決め込むことにした。
第8話に続く
執筆:chewy編集部 みや (@miya11122258)