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Happy Women's Map 米国カリフォルニア州 東京ローズ アイバ・トグリ・ダキノ 女史 / TOKYO ROSE, Ms. Iva Toguri D'Aquino
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「私は最終的には真実が勝つ、という信念を失いませんでした。」
"I never lost my belief that, in the end, the truth will prevail."
アイバ・トグリ・ダキノ(戸栗 郁子) 女史
Ms. Iva Toguri D'Aquino
1916 - 2006
米国カリフォルニア州ロサンゼルス 誕生
Born in Los Angeles, California, USA.
アイバ・戸栗・ダキノ(戸栗 郁子) 女史は、太平洋戦争中に連合国軍向けプロパガンダ放送で人気を博したNHK国際放送局の女性アナウンサー「東京ローズ」の1人。アメリカ女性として初めて国家反逆罪で服役するも、晩年に特赦を受け名誉回復。
Ms. Iva Toguri D'Aquino, known as one of the "Tokyo Roses" from the NHK International Broadcasting Service, gained fame for her propaganda broadcasts directed at the Allied forces during World War II. She is the first American woman to be imprisoned for treason but was later granted a pardon in her later years, leading to the restoration of her honor.
「黄色い猿」
郁子は米国サンフランシスコの日本人街で果物商を営む父・戸栗潤と母・ふみのもとに誕生。両親は山梨県の農夫からたたき上げで使用人20人ほどを抱え、愛情いっぱいに何不自由なく育ちます。或る日、兄達と遊びに出かけたロス市内の動物園で側にいた白人少年たちから「黄色い猿だ!ジャップの子供だ!」2度と動物園には行かずに私立中学校の卒業式を迎えた郁子は、成績優秀で人気者の女子代表としてスピーチをすることに。するとPTAの白人の親たちから「ジャップの子供が代表になるなんて考えられない。白人の生徒たちを侮辱するものだ。」。先生たちになだめおどされても郁子は激しく抵抗します。「卒業式のスピーチは主席の権利です。」卒業証書と引き換えに泣く泣く諦めた郁子は、盛り場のダンスホールへ出かけます。「ジャップ!」「黄色いのが来るところじゃない!」ダンスホールのオーナーであるマードック夫婦に助けられた郁子は、高校時代を夫妻の内輪のパーティや昼食会などに招かれて過ごすようになります。自分をあたたかく迎えてくれるアメリカ人に出会った郁子は家でも日本語を使うのをやめて勉強に励み、名門校カリフォルニア大学生物学科に進学。「アメリカ人として米国の役に立つ人間になろう。」
「雑穀珈琲」
しばらくしてヨーロッパでナチスドイツがチェコに侵攻、極東では日本が中国北部を制圧。白人の友達はマードック夫妻に紹介された恋人のケーンだけになります。考古学研究所で古代マヤ文明を研究するケーンは「米国内の日本人は逮捕され集団キャンプに強制収容される。一度日本に戻った方がいい。」両親と相談して病身の叔母の見舞いという特例でパスポートを手に入れた郁子は、中立国スウェーデン(またはデンマーク)の貨客船に乗ると、父親から預かった大金を携えて東京の叔父のもとに身を寄せます。美しさや余裕が一つもなく茶色とカーキ色と不気味な緊迫にあふれる東京に、ひとりきれいなスカートを履いて日本の土を踏んだ郁子は呆然とします。「とても日本に勝ち目はないわ。」ケーンの古い友人であるドイツ・ロシア系貿易商シュミット・D・カラリフォーシュの紹介で、日本の唯一の外電通信社「同盟通信」で毎日米国放送を傍受して翻訳する仕事についてアパートに移ります。米国時間深夜にあたる空き時間には仲良くなった日系ポルトガル人フィリップ・ダキノと、大豆と雑穀実の塩辛いコーヒーを飲んで過ごします。
「クーセナクーセ」
「こちらホノルル放送局。ただいま我々の真珠湾が日本空軍大編隊の奇襲攻撃を受けました。最悪の事態で無数の火柱が上がっています。ヒッカム飛行場は使用不能、湾内の太平洋艦隊はほとんど全滅。」それを聞いた郁子は複雑なショックを受けます。「日本がとうとうやったわ!」同時に「愛するステーツが卑怯な不意打ちを受けた・・・」戦火が狂ったように広がるにつれて増える米国ラジオを機械のようにメモを取るのに追われる或る日、前線向けの慰問番組を聞き付けた郁子はドキリとします。「クーセナクーセ・マットンマラバ・マラバラバ」数人の喜劇俳優が小話の間に挟む意味不明な言葉にどっと沸く男女の笑い声。郁子はメモを取ると夜アパートに帰って解読を始めます。恋人ケーンに教わったように、古代マヤのアルファベットにおきかえて英語のアルファベットにあてはめると「LISTEN・EVERYDAY」。翌日から注意して聞くうちに郁子は興奮して自分への呼びかけを待つようになります。開戦から7か月目「MRSH・CONTACT・MSI」の呼びかけを合図にドイツ・ロシア系貿易商シュミット夫人ヒルデの紹介でNHK放送局の国際部に迎えられます。内閣情報局直属で将校や下士官の管理のもと、イギリス系の石井メアリー、ハワイ生まれのキャサリン諸岡、ロンドン暮しの長い加藤八重子、やがて香港やシンガポールで捕虜となった白人男性らも海外放送アナウンサー候補として集めらます。「敵の士気を阻喪させるような放送をやれ」敵対宣伝の専門家がいない日本軍で、捕虜たちの協力のもと謀略放送が開始されます。
「東京ゼロアワー」
毎日75分間アメリカ本土ではやっている音楽を流しながら、でっちあげの戦況ニュースを組み込みます。「太平洋の米軍諸君、こちらは東京ゼロアワー。日本軍は依然として優勢で君たちは勝つ見込みもない。早く武器を捨ててステーツに帰れ。ステーツでは今夫や恋人を戦場に送った女たちの姦通事件が激増しているぞ。」郁子も他の女性達と代わる代わるマイクを握ります。「北太平洋の日本軍秘密基地に新しく5隻の大型空母が配属され、精鋭陸軍三個師団が編成されました。ハワイ・ウェーク方面は警戒を厳重に。真珠湾みたいな無様な負け方をしないで頂きたいわ。」「第7機動部隊の皆様に、勇敢なゼロ戦が運ぶ素晴らしいクリスマスプレゼントを差し上げます。きっといい日曜日が迎えられますわ。」「私たちのイ号潜水艦隊が使者に立ちます。第51輸送船団の海兵隊の皆様に明日にはとびきりの贈物を差し上げられると思います。」「ブーゲンビル島の第126航空基地の勇士の皆様に、熱いキスとクリスマスプレゼントをどうぞ。」「第4海兵師団の皆様が上陸したエニンウェトック島にお年玉を配ります。ジャングルでは腕自慢の日本軍の斬りこみ部隊が日本刀をピカピカに研いで待っています。」「マーシャル群島沖の第2起動艦隊の皆様にさわやかな日本製水素魚雷のプレゼントを。」「只今のプレゼントはいかが?お相手はあなたの東京ローズでした。」郁子は「米軍への秘密の通信なのだ。米軍の役に立っているのだ。」とはっきり感じとれるようになります。
「東京ローズ」
「あなたが必死で闘っているとき、あなたの国のロックフェラー家やフォード家のような大財閥の男達は、兵器製造でしこたま儲けてきれいな女性を好きなだけ抱いてあなたのことを笑いものにしていますよ。可哀そうな海兵隊の皆様の血で利益を得るのは一握りの大財閥だけ。気分直しに陽気なジャズをお送りしましょう。あなたが天国に昇ってから良い思い出になるように。あなたが生きて東京ローズの声を聴けるのも最後になるかもしれませんわよ。」「親愛なる海軍第16艦隊の皆様、日本軍は硫黄島を死守するために最強の栗林部隊を配属しています。日本本土進攻の足場にも港にもならない硫黄島に20万人ものGIの生命を掛けようとしているのは、遠いハワイやグアムで見守るマッカーサー将軍やニミッツ提督。あなた方は死んでいく一方で、将軍や提督たちはお国でたくさんの勲章と莫大な年金と英雄の地位が待っている。かわいそうな海兵隊の皆様。一刻も早く武器を捨てて可愛い奥さんや恋人のもとに帰っておあげなさいな。」「大好きな海軍の皆様、沖縄にようこそ。20万人の犠牲者を出した硫黄島の100倍広い沖縄では2000万人の犠牲を払うことになります。いのちを大切にして早くお帰りなさい。あなた方の指導者は偉大でも高潔でもありません。」「とんだ誤解をなさっていますわ。11万トンの戦艦と800機の空軍そして50万人の兵力、米軍はもう40%以上を失っています。日本の潜水艦隊と特攻隊の70%、戦車部隊と対戦車部隊の90%は本土に温存されています。軍隊と全民族が手ぐすね引いてお待ちしています。」「負け犬の遠吠えのように高空から爆弾を落として日本をめちゃくちゃに破壊したと信じているでしょうけど、皆様とお話している東京ローズの放送局は東京のど真ん中にありますのよ。」「卑怯もの!私が間違っていたわ。あなた方アメリカ人がこれほど卑怯な人種だとは今まで考えてあこともありませんでしたわ。あなた方は神と人類に対して大変な罪を犯したのです。平和な広島に、非戦闘員しかいない街の上にあんな残虐な爆弾を落とすなんて!」「米軍の皆様、ご存じの通り日本は明日連合国のポツダム宣言を受諾します。日本は敗北し、あなた方は勝利しました。でも本当にそうでしょうか。あなた方の上には歴史の神の厳しい審判が下されることでしょう。これでお東京からの最後の放送を終わります。こちらは東京ローズ。東京ローズ。・・・」
「腐っても鯛」
郁子は終戦前の春に上智大学教会でフィリップ・ダキノと結婚。世田谷区池尻の城戸光義宅に下宿したままささやかな新婚生活を始めます。「世の中が落ち着き次第、1日も早くあなたと一緒にサンフランシスコの金門橋を見たいわ。」男児を死産してしばらくした頃、日系2世のUP記者レスリー・中島に伴われてINS通信記者クラーク・リー記者とコスモポリタン誌ハリー・ブランディッジが訪ねてきます。2000ドルの契約金で独占取材に応じた郁子は「東京ローズ」として報道の的となり、GHQの取り調べを受け記録映画も撮影されます。すると、アメリカ本土で反日感情が沸き起こり、郁子は反逆者として横浜そして巣鴨の戦犯拘置所に拘留されてしまいます。面会に来る夫・ダキノが日米の弁護士に工作を頼むも、釈放の話が出る度にGHQの軍務・法務部門と対立する情報部門によって取り消されます。巣鴨拘置所の外国人エリアで、NHK国際局でドイツの謀略放送に加担したスイス人リリー・アベック、サイパンで日本兵に協力した石井栄子、九大生体解剖事件の看護婦長・筒井静子らと同室で過ごしていると、アメリカ議員の視察団が鍵穴から郁子らを覗きます。「そういう見苦しいことはやめなさい。私たちは動物園の動物じゃないんだから堂々と見なさい。」そして「腐っても鯛。私たちは胸を張っていましょう。」「私は何としてでもアメリカに帰ります。移民1世が死ぬ思いで獲得した汗の結晶をどうして2世の自分が手放せましょうか。」ようやく1年後、米連邦捜査局(FBI)と米太平洋陸軍の防諜隊(CIC)は証拠不十分として郁子を釈放。夫・フィリップは郁子を守るために母国へ帰国を決意、ポルトガル公使館にパスポートを申請します。するとラジオ時事解説者ウォルター・ウィンチェルが、米国退役軍人団体と一緒に郁子の逮捕要求運動を起こします。そして中間選挙を控える米国トルーマン大統領の命令が下ります「東京ローズを裁判にかけて処刑せよ。」パスポートが下りる前日、郁子はFBIに自宅から拉致されます。アメリカ客船プレジデント・ウィルソン号の船底の牢獄に監禁され横浜からサンフランシスコに2か月かけて輸送されると、港沿いの留置場へたたきこまれ翌日には連保刑事局の前に引き出されます。
「東京ローズ裁判」
「なぜあなたは米国籍でありながら日本に協力するようになったのか?」郁子は応えます。「私はアメリカ市民として弁護士を選ぶことができるはずです。私の気持ちを理解できるように日系弁護士を一人よこしてください。」終戦から4年後、郁子はダン・加藤日系弁護士とその親友ウェイン・モーティマー・コリンズ弁護士率いる日系弁護団を味方にしてサンフランシスコの連邦地方裁判所での「東京ローズ裁判」に臨みます。「被告、アイーヴァ・トグリ、日本名イクコ・トグリはアメリカ国民ながら第二次大戦中、東京において日本軍と協力、米軍に対して悪質かつ欺瞞的な宣伝放送を行った。国家に対する重大反逆により絞首刑が妥当である。」証人として呼ばれた第二次大戦中の英雄J・F・ケネディ民主党上院議員候補は「確かに我が軍をあざけるような内容を含んでいたようだが、激戦の間に聴いたので詳細は覚えていない。同じ女性の声のようにも思うがよく分からない。」NHKの対米放送に協力したと自称する元アメリカ兵捕虜や日本陸軍中佐らは「彼女が東京ローズで間違いない。彼女以外に東京ローズはいない。」米国の音声学者はラジオの一部を録音したレコードと郁子の朗読を聞き比べて「ほぼ同じ。」弁護団は調査妨害されながら、郁子のかつての恋人ケーンとドイツ・ロシア系貿易商シュミット夫妻を探しますが消息はおろか形跡さえ消えてしまいます。夫・ダキノが証言台に立ちます。「私はポルトガル人で、私と結婚した妻アイーヴァもポルトガル人です。彼女は日本軍の命令で与えられた放送原稿を読み上げただけです。しかもアナウンサーは他にも大勢いた。」続いてオーストラリア人少佐チャールズ・カズンズ「私は大戦初期に重症を負ってシンガポール日本軍捕虜収容所に入れられ、数人の仲間と対米放送への協力を強制された。そこで銃殺か死かと迫られたアイーヴァはじめ日系女性たちと引き合わされた。我々は相談して表面上は日本軍の要求する放送を流しながら日本軍内部の情報を味方に知らせようと一決した。英米共通のピラミッド・パクト(対数式暗号)やインディアンズサイン(古代語暗号)を組み入れた。情報はヒルデというドイツ人女性がドイツ大使館を通じて調べてきた。彼女は米軍情報部隊から特派された敵対後方錯乱部のメンバーだと言っていた。」その直後、前半をヒルデを後半を郁子が読み上げたラジオの録音レコードは検事補の手から床にたたきつけられ消失します。
「心の安らぎ」
3か月の間に、アイゼンハワーが大統領選へ出馬、ソ連がベルリンの壁を構築、ガンジーが暗殺され、報道機関の関心が薄れる中で定員150人の傍聴席は半分の入り。郁子の老いた父と兄また妹、そして夫が見守る中、鉄格子のはまった車で留置所から送られてきた郁子は廷吏に両腕を抱えられて席につきます。4人の日系男性と2人の白人女性を交えた12人の陪審員は「有罪9票で無罪3票、陪審団全体の意見は有罪。」裁判長は「被告の犯罪の大半は結婚前であるから米国裁判で裁かれて当然である。また、米国国防省ならびに米国国務省情報当局に問い合わせた結果、米軍を有利に導く秘密の暗号が含まれていた事実はなかった。被告イクコ・トグリを米国に対する重大な反逆罪で懲役10年の刑に処する。また虚偽の文書・放送によって国民を惑わせた罪により罰金1万ドルを追加するとともに市民権を剥奪する。」まもなく郁子は看守に引き連られて鉄格子つきの車でサンフランシスコ空港へ、古ぼけた囚人輸送機に乗せられてウェストバージニアのオルダーソン女子刑務所に拘置されます。控訴もことごとく棄却され、「重罪犯639号」として家族以外の面会を一切禁止された郁子は、33歳から39歳までの6年2か月もの歳月を囚人看護婦として過ごしようやく仮保釈されます。するとワシントンの移民帰化局は「自ら国外退去しない場合は国外追放する」。逝去したダン・田中弁護士の意思を継ぐジョン・田中弁護士とウェイン・モーティマー・コリンズ弁護士と抗議して国外退去は免れたものの、無国籍でパスポートを持てない郁子は、アメリカ入国を禁止された夫とは会えないままカトリック夫婦の誓いを守り、シカゴの日本人街で雑貨店を開いて生計を立て、自身の生命保険と父親の遺産で賠償金を払い終えます。「私は市民権剥奪によって心の安らぎを失いました。」郁子はジョン・田中弁護士とウェイン・モーティマー・コリンズ弁護士ならびに全米日系市民協会とともに、ホワイトハウスに3回に渡って市民権回復のための特赦願いを提出。カリフォルニア上院議員に初当選した日系議員サミュエル・I・ハヤカワの力添えのもと、30年ぶりにフォード大統領の特赦で市民権が回復。やがてアメリカ退役軍人による愛国市民表彰を得た同年に90歳で逝去。「私は最終的には真実が勝つ、という信念を失いませんでした。」「自分は自分だと信じていました。」
-『東京ローズの戦慄』(五島勉 著/光潮社1973)
-『東京ローズの虚像と実像』(上坂冬子 著 / 文芸春秋1978年)
-『東京ローズ』 (ドウス昌代 著 / 文芸春秋1982年)
-"Tokyo Rose"(US National Archives Tokyo, Japan, 09/20/1945)
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