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『栗ケ丘7⑥』
第5幕 栗ケ丘7結成の最悪のタイミング
帰りのホームルームが終わり、掃除当番の僕は雑巾を手に黒板を拭き始めていた。大きな黒板を拭くのは結構な重労働なので、女子が勝手に決めたルール上、男子がすることになっている。
「ねえ正一くん、今日も『ノア』行くわよね?」
かおりは、どうしても物言いが威圧的で断定的だ。だから、かわいいけれど男の子に恐れられているのだと思う。もう少し優しい言い方にすればいいのに、と言いたくなる。
「う、うん。じゃあ行こうかな」
特に行く理由もないけれど、かおりの目力は他の選択肢を許してくれなさそうだった。弟に昨日約束されていたゲームの相手は、今日もしてやれなさそうだ。
「そ。じゃあ、あたし先に行ってるから。秋彦くんも誘って来て」
「は、はあ」
僕は、ため息みたいな返事を漏らし、疾風のごとく消え去った香りに置き去りにされた。
教室はというと、正一以外の掃除当番が箒を武器に戦う遊びで盛り上がっていた。この分だと、かおりの希望通りに『ノア』に到着するのは、難しそうだ。
子供達の歓声をかき消すくらいに、ゴーゴーと激しい音を立てながら急に横殴りに降り出した雨は、グラウンドの土をぐちゃぐちゃに崩していた。
「もう、遅い正一くん。秋彦くんも」
「正一を迎えに行ったんだけど、なかなか来なくてさ」
本当は、秋彦が約束を忘れて家に帰ってしまっていたのだ。迎えに行ったのは、僕だ。でもそれは言わないでおいた。
「ごめんよ。掃除が手間取って」
午後三時過ぎ。丁度おやつの時間というのも手伝ってか、『ノア』は小腹を満たすために押し寄せた大群衆で繁盛していた。雨の湿気と子どもたちの熱気で、店は熱帯のアマゾンのような蒸し暑さになった。
「こんにちは!正一くん」
先日涙を流していた健太は、精一杯照れているのを隠している顔で、かおりの隣りにいた。まだ、この前の一件があったばかりなので遠慮がちだが、どうやら大丈夫のようだ。
「こんにちは。健太くん」
そう言うと、健太も顔を崩して右手を軽く上げた。
「待ってたよ、正一くん」
大地は今日も、手に棒付き飴を握り締めて、満たされ過ぎているお腹を前に突き出していた。大地を見ていると、少々嫌なことがあっても、そんなことは大したことないように思えるから不思議だ。大地の豊かな体は、とても幸せそうでいい。
「そう言えばオジジ、悟くんは?」
「奥に来てるよ」
オジジが親指で促す方向に目をやると、悟はこたつでナナを撫でながら丸くなっていた。普段から存在感があまり無いタイプだが、ハローブリーフマンの件で益々空気のようになってしまった。実際、学校にだって恐くて来たくないくらいだろう。
「相当ダメージあったでしょうね。さっきから、いつも以上に地蔵のようだもの」
「そりゃそうだよね。寄りによって、カラフルな変態にブリーフ見せつけられたわけだし。トラウマにならなければいいんだけど」
「悟くん、かわいそう。僕の飴あげてくる」
大地は一段高くなっている和室に上がると、悟の隣りにぴったりと寄りそって様子をうかがっている。心配なのは、皆一緒だ。
オジジも言葉を掛けてやりたくても、掛けようがないように腕組みをして見守るばかりだ。
「どうにかしたいわ、わたし。ねえ、どう思う正一くん?」
かおりの姉御肌が出た。それにしても、どうして秋彦に聞かなくて、僕にばかり尋ねるのだろう。かおりが僕にばかり話しかけるから、最近では秋彦が敵対の視線を向けてくることがたまにある。
「そうだ、正一。例えばどうだろう。僕達で町をパトロールするっていうのは」
秋彦のおせっかい&ええかっこしいが出た。同級生のよしみとは言え、彼のポイント稼ぎには頭が下がる。将来は町長にでもなりたいのだろうか。
「パトロールって言っても、子供だけだと危険じゃないかな。誰か大人が指示してくれるといいんだけど」
消極的で意気地無しな僕の登場。
垣根無しに飛び出して、文武両道何をやらせても一番だったことで、特に図に乗っていたわけではないが、前の学校ではいじめられてしまったという過去の傷のせいだろう。楽しそうな提案にも、最近では尻込みしてしまうようになった。自分でも意識していない間に、防衛本能が働くのだ。
「大人なら、いい人がここにいるじゃない?」
かおりがオジジの顔を覗きこむ。満場一致で一斉にオジジを見る。オジジは頭を掻きながら、急に補聴器をいじって首を傾げた。
まったく、常にオジジの行動は、大根役者のようにわざとらしい。
「オジジ、補聴器が壊れた振りしてもダメよ。協力してもらいますからね」オジジが舌をぺろっと出した。
「わかった、わかったよ。ただし、危険なことや単独行動は絶対に禁止だ。いつもみんなで相談して一緒に行動すること。あと、一つだけ条件がある」「条件?」
今にも走り出したいくらいに張り切っている健太が、答えを聞く時間も惜しんで地団太を踏んだ。
「ナナをメンバーに入れること」
全員がナナを見る。
「はあ?ナナを?」
名前を何度も呼ばれたナナは、嬉しそうにコタツから這い出して、悟を引っ張ってきた。悟は蝋人形のような顔色で、足取りもおぼつかない。
「ナナ、お前がこの子達をサポートするんだぞ、いいな?」
「わんっ!」
「それから、へこんでる土谷悟」
不意に名前を呼ばれたので、悟の猫背が社交ダンスの先生のように真っ直ぐになった。
「お前に早速重要な任務をお願いする。ナナの首輪に、今まで以上に強力で長距離探索可能な発信機と、念の為、盗聴器もつけてくれ」
その言葉に、それまで青黄色い顔をしていた悟の、口角右端がくいっと持ちあがり、頬の血管が一気に広がったように赤く染まった。血湧き肉踊るとは、正にこのことだろう。
「今すぐに、店から部品を取ってまいります」
悟は、警察官がするように右手をこめかみにあて、オジジに敬礼をした。「悟くん良かった。元気になったみたい。飴の糖分が効いたかな」
大地はのんびり欠伸をして、両手を叩いた。そして、
「そうだ思い出した。オジジ、このりんごゼリーいくら?」
と、言った。
家に戻ると、社宅の井戸端会議で要らぬ情報をしこたま吹き込まれただろうお母さんが、心配そうに待っていた。学校が保護者会を開催する前から、ほとんどの家庭で、変質者の状況が細密に把握されているのがすごい。
「ねえ?変な人とか居なかった?何かされなかった?」
やはり子供相手に、変態居なかった?とか、ブリーフにはなんて言葉が書いてあったみたい?とは聞けないのだろう。直接的ではなく、間接的な質問攻撃が続いた。
「大丈夫だよ。これ、明日の緊急保護者会のお知らせ。お母さんが心配してる例の事件のことだって。それより保は?」
「あ、ああ。保、すんごい怒ってるわよ。今日はお兄ちゃんがゲームで新しい技を教えてくれるって約束したのにって。部屋に閉じこもりっきり」
やれやれ。外でも家でも事件が何かと勃発してしまう。何か悪い行いでもしたのかな、僕?
しかし、保が閉じこもるって言っても、僕と同じ部屋じゃないか。鍵も付いてないし、どうやってドアを塞いでいるのだろう?
「おい、保。ごめん。開けてよ。今からじゃダメ?夕飯までもう少し時間あるし」
出きる限り優しく声を掛けるが、応答無し。今年一年生になったばかりの保は、誰に似たのか強情っ張りで、なかなかどうして手がかかる。
「入るよ?いい?」
応答も何の物音も聞こえなかったが、ドアを開けようとした。
ガツッ。
何かがドアを塞いでいる。それもかなり大きめのモノだ。
「くそ、机か」
今年の三月。電車を乗り継ぎ、家族四人で都心の家具屋へ出かけた。そこは、僕が都区の小学校に入学するときに机を買ってもらった店だった。残念ながら同じタイプはもう製造されていなかったが、似たタイプの、それも僕のより五万円も高い机を保が見初めてしまったのだ。
「絶対にそこで勉強するから」
「ああ、ちょっと、この値段…。パパ、自信ないなあ」
お父さんは財布の中身と相談をしたいようだ。なんとなくお母さんの顔を見たが、目を反らされてしまったらしい。
「やだやだ、これがいい!絶対にこれがいい!」
と、それでもしつこく駄々をこね、お父さんのお小遣いを削ってまで買ってもらったはずの保の高級学習机は、ドアを塞ぐための防御壁になってしまった。
「ほら、どかせよ保」
まったく仕様が無い。無言で通して実力行使する気だな。こうなったら体当たりだ。
「何やってんの?正一。ドア壊れちゃう」
「いや、王子様がお城からなかなか出てきてくれなくて」
「いやよお母さん、ドア弁償するの。賃貸なんだからね」
次で開きそうだ。ドアの向こうが三分の一くらい見渡せるようになった。涼しい風が吹いている。
「いいかげんに」
机が揺らいだ。
「しろ!」
机がすっかりドアの後ろに隠れ、やっとのことで門を突破することができた。
「はー疲れた。僕が悪かったから、ゲームしよう」
六畳の部屋。埃のかぶった地球儀と、大好きな野球選手のポスター。お気に入りの動物図鑑が床に落ちていた。
「あー。これ、大事にしてたのに」
保が怒りで暴れ狂ったのか、本棚の一番上に飾ってあったコレクションのミニカーが、ベッドの上に散乱している。
ふと見ると、ベランダの窓が開いていた。そこから吹き込む雨は、昼間ほどの勢いではないけれど、止む気配はない。水色のカーテンは雨に濡れて、しょんぼりしながらはためいている。
「保?どこに隠れてるの?」
嘘だ。隠れる所なんて、あるわけないじゃないか。何を言っているんだ、僕は。
「嘘だろ」
僕の家は二階。引っ越してきた当時、一度だけ保とロープで下に降りたことがあった。
「ここから降りるかな。保、見てろよ」
「かっこいい。スパイみたいだね、お兄ちゃん」
僕が都区でボーイスカウトをしていた時に習った、「キング・オブ・ノット(結びの王様)」と呼ばれている「もやい結び」が、本当に丈夫なのかを確かめる為だった。登山やレスキュー作業でも多く活用されている結び方なので、実際に試したくなったのだ。
みなさんは絶対に真似をしないでね。
「すごい、すごいよお兄ちゃん。できたね。すごいすごい」
「うん。ほら、一階まで降りられたぞ。でも、保は危ないからだめだぞ。あ、あとお母さんには内緒。絶対に怒られるからな」
「うん。僕、絶対に言わないよ」
まさか。
鼓動が早くなる。止まったままなのに、全力疾走したように呼吸も荒くなってきた。
「まさか!」嫌な予感がしてベランダに近づくと、「予感」ではなく、「現実」がそこにあった。
「オジジ、オジジ開けて!」
そうであって欲しくない。僕が約束を守っていれば、こんなことにはならなかったのに。どうして「もやい結び」なんて教えたんだろう。あんなこと、教えなければ良かったのに。できるはずがないと、高を括っていたのが間違いだった。頭の中が混乱して、夢中で走ってきたのが『ノア』だった。
一日中降ったり止んだりしていた雨は落ち着いてくれそうにない。夕方は一旦小康状態になった雨も、また思い出したように激しく降っている。
「なんだなんだ、騒々しい」
ナナの鳴き声と共に、ガラガラと軋みながらシャッターが上がると、湯上りのオジジがステテコ姿で出てきた。
「どうしたよ、正一こんな遅くに。びしょ濡れじゃないか。さ、とにかく中に入れ」
「ちがうんだ。僕のせいなんだ。僕が保との約束を破ったから、保にもやい結びを教えたから」
身の置き所がない。順序だてて行動することを命令してくれるはずの頭の回路が、混乱してほどけないほどにこんがらがっている。
「なんだよ、わめいてたって分からないぞ。しっかりしろ正一」
今頃、保はどこかできっと寒さに震えている。あいつは強情だけれど恐がりで泣き虫だから、きっと淋しくて泣いているにちがいない。つい最近まで、夜中に一人でトイレにも行けなかったのだから。
「早く、早く保を見つけてやらないと」
オジジは事情を悟ったかのように、真剣な面持ちで電話を掛け始めた。ナナも落ち着かないように、泣く僕の周りをぐるぐる回っている。そうだ、お母さんに言ってくるのも忘れていた。連絡しなくちゃ。
「オジジ、家に連絡させてもらっていい?」
今ではあまり見かけなくなった黒電話は、一つダイヤルを回すと元に戻るまで時間がかかる。こういう時は特に、その時間が長く感じられた。
「あ、お母さん?僕。うん。そう。あのね、落ち着いて聞いて。保がいなくなったんだ。え?部屋からだよ。そう。うん。今オジジのところ。今から探しに行って来る。大丈夫だよ、オジジが一緒だから。うん。そう。じゃあ、お父さんにも言っておいて。わかった。じゃあ」
受話器を置くと、チンと間抜けな音がした。
「こんばんはオジジ。お呼びのようで」
振り返ると、店のシャッターをくぐって現れたのは、栗ヶ丘交番のお巡りさんだった。いつも自転車で町中を巡回してくれている、挨拶好きな心優しい正義の味方だ。
僕が引っ越してきたばかりの頃、子猫が木の上に登って降りられなくなっていたことがあった。
「お巡りさん、大変。子猫が、学校の前の公園にある桜の木から降りられないんだ。ずっと鳴いてて」
「よし、わかった。今行ってあげるからね。君が案内してくれる?」
松田巡査はそう言って微笑むと、同僚らしいもう一人の警官に交番をお願いして、一緒についてきてくれた。
「お巡りさん、あそこ」
「どれどれ?あそこかあ。結構高いな」
松田巡査は腕まくりをして、へっぴり腰のまま木に登っていった。
「よし、おいで。いい子だね。ほら、噛まないんだよ。いい子だね。掴まえたぞ」
無事に救出された子猫を抱いて、おっかなびっくりで木を降り出した。順調だと油断した、次の瞬間だった。
「あっ」
僕は目を塞いだ。後少しで地面に着くという所で、松田巡査はそれは見事にお尻から着地した。物凄い音もした。多分、相当な痛みだったろうと思う。無残に落ちた姿は間違いなく格好悪かったけれど、救出した子猫のことは決して離さず、優しく胸に抱いたままだった。
「お巡りさん、大丈夫?」
とても大丈夫そうではないが、一応尋ねてみた。
「いたたたた。おっと。だ、大丈夫だよこの通り。ほら、子猫。そういえば、君この子飼えるの?」
「うううん。家は社宅だから飼えないんです。でも、かわいそうだなあ。母猫ともはぐれてしまったようだし、飼い主を探してあげたいです」
俯くと、指の長い大きな手が、僕の頭をすっぽり包んだ。
「よし、じゃあ交番に、こいつの貰い手を募集するポスターを貼ろう。それから、飼い主が見つかるまでは、交番で保護しておくってことでどうかな?」
あの時の優しい松田巡査の笑顔は、本物だと思った。気は優しくて力持ち。で、高所恐怖症。
「悪いな。この子の弟がいなくなったらしいんだ。俺は腰の調子がどうも良くなくて、飛んだり走ったりすることができん。店で待機して連絡係をするから、忙しいとこ申し訳ないが、松田巡査よろしく頼む。小さな子だから多分そんなに遠くへは行けないと思うんだが」
「了解致しました。隣り町の交番とも連携を取り、役場と学校にも連絡しておきます」
松田巡査はオジジに敬礼すると、すぐに立ち去ろうとした。
このままでは置いてかれてしまう。
「お巡りさん、ぼくも連れて行って下さい」
「それはダメだよ。もしも危険なことがあったら、大変だ。ここからは市民を守る僕ら警察の仕事。君はオジジとここで残りなさい。弟のことは、警察と大人に任せて」
「でも、僕の大事な弟なんです」
「絶対にダメ!子供は危ないからここで待っていなさい!」
と、ナナが一声「わん」と鳴いた。
それと共に、シャッターが上まで開く音がした。
「それは無理な相談よね」
この高慢ちきな声。
「うん。だって聞こえちゃったよね」
うさんくさい大人子供の声。
「僕、万が一遭難した時の為に飴を十個も持ってきたよ」
狙っているのか天然なのか、幸せを感じる声。
「おれっちを助けてくれた仲間の一大事、義理と人情だよ」
いなせで気風が良い未来の大工の声。
そして。
「ごめんなさい。実は、さっきみんなにスマホを渡してありまして。ナナの首輪からの声が全部聞こえておりました。先に帰ってしまった正一くんには渡せていなかったもので。これが、正一くん用のスマホです」
相変わらず消え入りそうな声で話す悟は、僕に赤いスマートフォンをしっかり手渡した。
「悟くん特製のオートクチュールスマートフォンよ。ほら見て。すごくない?秋彦くんのはブルーでしょ、わたしのはオレンジ、大地くんのはイエローで、健太くんのはグリーン、悟くんのはパープル、そして」
かおりは、ちょこんとお座りして僕等の話を聞いているナナの首輪を僕に向けた。
「ナナはラメ入りホワイトよ」
ナナも嬉しそうに尻尾を振った。
「スパンコールをちりばめて、七色の虹をイメージして塗ってみました」
みんな誇らしげに、それぞれ専用のスマートフォンを前に突き出す。
「名づけて、『栗ヶ丘7』!なんちゃって」
照れたように赤い顔をした悟の言葉に、五人と一匹は顔を見合わせて頷いた。
「いいじゃないその名前。悟くんいいセンスしてる!」
「いや、そんな。照れてしまいます」
「なんか、おれっち燃えてきた!」
「僕、チョコレート食べていい?」
こうして『栗ヶ丘7』は誕生した。最初の事件が、僕の弟保を探すことだったことは悲しかったけれど。
「みんな、ありがとう」
「じゃあ、『栗ヶ丘7』のメンバーさん達、悠長にしていられないよ。早速出発だ!」
外は大雨。真っ暗な闇の向こうには何が待ちうけているのだろう。保は無事でいてくれるだろうか。お願いだから早く見つかって欲しい。
「みんな、いいか?協力して、正一の弟を探し出すんだ。じきに大人達も来てくれるから無理をするんじゃないぞ。いいな?全員で力を合わせるんだ」オジジに敬礼。
そして『栗ヶ丘7』と松田巡査は、保を見つけるべく『ノア』司令部を飛び出した。
「あっ!」
栗林の方へと向かっていると、秋彦が突然大きな声を張り上げた。
「どうしたの秋彦くん?」
出鼻をくじかれたのと声にびっくりしたのとで、気迫のこもった松田巡査と五人と一匹は、秋彦をそのままの勢いで睨んだ。その顔が恐ろしかったのか、さすがの秋彦もたじろいでいる。
「忘れ物かい?」
「いや、そのね、ちょっと」
秋彦ははっきりしない。
「あ、食糧を忘れたとか?大丈夫だよ。僕いっぱい持ってるから」
「いや、そうじゃなくて」
やっぱりはっきりしない。
「だから何?」
いつまでももたもたしている秋彦に郷を煮やしたのか、かおりが腰に手を当てて詰め寄った。
「かおりちゃん、そんなに怒らなくても」
「何言ってんの?正一くんの弟を探すために出てきたんじゃない。だいたい正一くんは優しすぎるのよ」
「す、すみません」
僕まで怒られてしまった。早速『栗ヶ丘7』分裂の危機が訪れてしまったようだ。
「秋彦くん、どうでもいいけど、連絡事項は、はっきり言う!」
あまりのかおりの剣幕に、ようやく秋彦が口を開いた。
「えーっと。み、みんなのスマートフォンは、僕のパパが買ってくれたんだよね。最新機種で高級だから手荒に扱わないでよって言いたかったんだけど、よすよ」
こうして、保探しは最悪のスタートを切った。