en su lugar~田房永子著「大黒柱妻の日常」~
20代の後半から数年間スペイン語を習っていた。長いスペイン一人旅に向けて習いだし、旅行の後は、講座で知り合ったラテン系のネットワークはできたものの、特にスペイン語に触れる機会もなく、拙い知識はあっという間にすりきれて、今は挨拶程度である。
それでも何年か学んだ成果?か、忘れられないフレーズがあって、この「en su lugar」がその一つ。
英語で言えば、「in your position」=
もしあなたの立場だったら、という仮定のフレーズなのだけれど、なぜかこれは私にとってもはスペイン語のほうが馴染みがいいのだ。
相手の立場にたって、というのはよく言われる言葉だが、まさに言うは易く、行うは難し。そんなに簡単にできるものではない。想像することは、かなり難しく、実際にその立場になったら、今度は以前の自分の立場のことがみえなくなる。
田房永子さんの『大黒柱妻の日常』はまさに、そんな二人のことを書いたコミックエッセイである。
田房永子さんはどちらかと言えば、画像にもあるように、毒親からの脱出に関する自分自身のコミックエッセイが有名かもしれない。この本は彼女が初めて書いたフィクションである。
主人公は小学生と年少の二人のこどもがいるアラフォーのフリーのデザイナー、ふさ子さんと会社員のトシハルさんの夫婦。
最近まではトシハルさんが大黒柱だったが、定時で通える仕事に転職し、夜のこどもの面倒は主として彼がみるようになった。
ふさ子さんはそれまでは、もっとがんばりたい仕事を中断し、こどもの世話をメインにやっていたが、がんばって収入を増やし、トシハルさんと相談の上、思い切り仕事ができる状態に変えた。
思う存分仕事ができるようになった彼女は、いけないとおもいつつ、毎日帰宅も遅くなり、出張が入り、いくつか入っていた子育ての役割もすっとばしてしまったりする。
だって、大黒柱だから、稼がないといけないから、しょうがない。
まさに昭和のおとうさんになってしまった。
でも、それは共働きで、大黒柱でなかったときのふさ子さんにとって、とても負担が大きかったトシハルさんの姿そのものでもある。
なので、そういう行動をとりつつも、一方でふさ子さんはそれをトシハルさんが負担に感じ、機嫌を悪くしていくのを手に取るように感じている。
毎回やらかしてしまうたびに、ちゃんとすると反省するのだが、直せない。
直せないどころか、反省の時間が楽しくなってしまったりする。
相手の立場になって考えることはできるけれど、気持ちを変えることはできず、期待どおりに動くことはできない。そして、それを埋め合わせるために、ますます仕事にのめりこんでいく。
夫のトシハルさんも同様に、ふさ子さんの振る舞いをみるにつけ、以前の自分の行動がどんなに相手にとってひどかったかが理解できる。
理解できるけれど、だからといって、今のふさ子さんの行動が容認できるわけではない。
お互いが、相手の立場にたってみて、相手に対して以前の自分がしていたことを振り返ることはできるけれど、今の自分を変えることは難しく、二人のずれはどんどん大きくなっていく。
最後はふさ子さんが倒れることをきっかけに、それぞれの気持ちに気づくという、よくある流れではあるのだけれど、これでめでたしめでたし、というよりはたぶん今後もたくさんのずれを生み出すような気がした。そして、それゆえに、とてもリアルな感じがしたのだ。
あとがきを見ると、続編の構想があるようで、やはり続きはあるようだ。
en su lugar
相手の立場になっても、できないことはたくさんある。
でも、だからこそ、相手の立場になることがとても大事なのだと思う。
わかろうとすること、
話そうとすること。
できない自分であることを認めること。
それが人とつながり続ける、ただひとつのよりどころだから。
en su lugar
あなたの立場になってみる。