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人は幸せになるために生まれてくる
わたしの信念としても大事にしていることの1つ。
「人は幸せになるために生まれてくる」
そう、わたし達はこの世に生まれた限り、誰しも幸せを求めていい。そして幸せのカタチはそれぞれ。今日はちょっとつれづれなるままに、綴ってまいります。
◯◯すべき、◯◯ねばならないに縛られている
こどもが小さいうちは育自に専念すべき
親はこどもに背中を見せるべき
妻は夫に寄り添うべき
上司は器を大きく対処せねばならない
会社は社員を守らねばならない...
まあ、どれもそうであることがベターだよね、という感じでもありますが、それに縛られて身動きが取れなくなる人も多いものです。特に責任感や正義感が強かったり、完璧を求めようとするとことさらです。
かくゆう私も、こうあらねばという理想像に近づきたい気持ちが下支えするので、それが保てるうちはよいのですが、継続する上でおこる自分の未熟さやぶらつきと向き合わさせられる日々。まさにトレーニング半ばともいえるでしょう。
そんな自分も「まっ、いっか」とぎゅーっと抱きしめる
こうありたい、こうであってほしいはもちろん自分自身にもあって、それに追いつかない自分を否定したり、受け入れられなかったり、見ないふりをしたり。でもそれが人間なのかもしれないし、少なくとも自分はそれ以上でも、それ以下でもないなあと。
人間の人間らしさの所以は、未熟さや不確かさ、それを包む優しさ
なんてことを思ったりしている楽観主義?ポジティブな私は、ひとまず、ずずーんと落ち込んだ後は、「まっ、いっか」とぎゅーっと抱きしめるようにしています。実は、今宵もそんな一コマが。
そんなことをアウトプットできるくらい、骨太?心臓に毛が生えた?かもしれません。
人は幸せになるために生まれてくる
事故、災害、不育、堕胎、虐待、自害...
積極的な「生」とは真逆な、心苦しいことも納得いかないことも多々ある世の中ですが、やはり
人は幸せになるために生まれてくる
これを信念として、拠り所にしたいなあと思っています。そしてそれは、生きている以上、それぞれが積極的に求めていいものだと。できうるならば自由に、制限なしに。そんな社会が実現するといいなあ。そんな社会を創っていきたいなあ。そう思う人この指とーまれ!
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