シャットアウト・マフィン
他人の地元は居心地が悪い。土日のファストフード店も居心地が悪い。ここは、他人の地元の土曜日のミスド。居心地はあまり良くない。用事があって1人、他人の地元にやって来た。しかし用事まで時間があるので、昼食を摂ることにしたのだ。
入ったミスドの店内は狭く、地元民で大変混雑していた。コーヒーカップ片手に、延々とお喋りを続けられそうな高齢のご婦人二人組。時々子を叱りながらレジを待つ親と子。とっくに食べ終えた皿と共に勉強する高校生。明らかに人員不足なスタッフ。返却口に積み重なる皿とグラス。
狭い店内に、あらゆる事情がぎちぎちに詰め込まれているように見える。嗚呼、やっぱり居心地が悪い。しかしそれは承知で入ったのだ。さて、何を食べようか。
食事系のドーナツとポン・デ・リング。それから「しっとりマフィンバター風味」が今日のメニュー。ポン・デ・リングは、私がミスドのドーナツの中で、1位か2位に挙げたい好きなドーナツ。だけど今日のメインはこのマフィンだ。このマフィンはどの店舗にあるわけではない様で、今日で食べるのは2回目。一口マフィンを口に入れる。
「じゅわ~。」
頭の中で効果音が響く。そうそう、これこれ。なんて素晴らしいバターの風味。マフィンからバターは滴らない。だけど滴るかのように口の中でバターの風味が広がる。頬張れば頬張るほど、じゅるるっと滴るバターの風味で口の中が満たされていく。
マフィンの中央にはバター風味のクリームが入っているのだが、正直これはよくわからない。クリームよりもマフィン自体の方がバターの風味が高すぎるのだ。なので、クリームを食べるとちょっと正気に戻る。急に視界にレジに並ぶ人々が入ってきた。
「だめ、止めなさい。」
お父さんの声に子供が振り返っていた。
私はもう一度、マフィンをパクリ。嗚呼、バターー!バターよ!!これが俗にいう「美味すぎて飛ぶぞ」ということなのだろうか。もうマフィンの味わいで頭がいっぱいだ。マフィンを浮き輪代わりに抱えて、溶かしバターの海に漂う自分が見える気さえする。居心地が悪かった店内も、狭すぎる座席の間隔も、全てがマフィンでシャットアウトされる。
「私…今…幸せ…。」
マフィンを食べ終わると、だんだん周りの様子が見えてきた。混雑した店内にもすっかり慣れた。隣の席に座る人は、いつの間にか眠っている。ここは地元民がくつろぐ、いつものミスド。終わりそうにないご高齢のご婦人のおしゃべりはいつの間にか終わり、別の人が座っていた。返却口に積み重なる食器も無くなっていた。勉強の時間がまだまだ終わりそうにない高校生の横を通り過ぎ、私はミスドを後にした。