
【まとまらない話を聞いてくれてありがとう】
最近、何度か聞いたセリフ。
それも、同じ人からではなく、複数人から。
その度に
「いえいえ、話が飛んでるとか、まとまらないなんて、気にしたことないよ」
的な回答しているのですが、
「本当にまとまってなくて、ゴメンね〜〜」
と謝る人まで。
あれ?
会話ってまとまってないといけないんだっけ?
話が飛ぶのなんて、日常茶飯事じゃないのかな?
まとまらない話を、いくつも繰り返す中で、フッと
「本当に言いたかったことはこういうことだったんだなぁ」
にたどり着くんじゃなかったっけ?
まあ、確かに、私も自分の話をじっくり最後まで聞いてもらえる体験って、なかったかもなぁと思うけど。
特に家族からは、話している内容とか、やっていることがおかしいと思われたら、話の腰を折られるのなんて、しょっ中だったし、否定によるジャッジされて終わることだらけだった。
だからか、家族と話すより、自分の中で対話したり、ノートにぐちゃぐちゃ書いてみたり、気の合う人に話すことの方が好きだったりしてた。
それは、今も変わらないかも。
かつて、カウンセリングの勉強というか、練習仲間とやっていた時に、練習なのに、もう一生の理解者に会ったかのように、自分の言いたいことを言える喜びを味わったこともあったっけ。
自分の言いたいことをポンポン口に出して言うより、頭の中で、ぐるぐる言葉が飛び交う私だから。社会人になりたての頃、お酒を飲んで、言いたいことが言える「お酒の力」って凄いなと思ったけど、カウンセリングの練習を通じて、お酒の力を、借りなくてもいいことがわかってから、お酒をあまり必要としなくなった。
なので、今では、お酒には弱くなったし、飲むのも周りとのバランスとか考えて、という感じ。
それにね、
お酒飲むと、その時の話を覚えてないことが多いから、覚えていてほしいような大事な話も、なんだか話半分くらいしか残ってないことがあるとちょっと悲しくなったことも…
だからこそ、シラフというか、お酒を飲まない状況で、じっくり話せること、話したことが、理解されて、その後にも活かせることが、大事なんじゃないかなぁと思ってしまう。
それに、人にわかりやすく、まとまった話をするというのは、「後天的」に培うもの。
人前で話すお仕事や、誰かに説明することを常日頃からやっている人は、そういうところが長けてはくる。
それでも、言葉にできないモヤモヤとか、誰かしら抱えるでしょう。
数年前にお茶会カードを作ってお茶会した時に、人が、楽しそうに話すのを見て、「人って、自分が感じたこと、考えたことを忌憚なく話せることに喜びを感じるんだな」と思ったんだよね。
もっと、本音が言い合える。
もっと、まとまりのないことを言ったとしても、最後まで聞いてもらえる安心感。
そんなことが大事なんだなぁ。
それを大事にしていこうと思うんだ。大人でも、子どもにでも。
◆現代人は、とりとめのない話を最後まで、しっかり聞いてもらえる機会を失っている。
◆誰もが「わかりやすさ」を要求され、とりとめのなさを良しとする余裕がない
◆「相手にわかりやすく伝える」ことは、後天的に身につけるもの。子どものころから、わかりやすく言えるとしたら、早く大人になりすぎている。
◆後天的に、わかりやすく伝える努力は必要だけれど、そのためにも「自分が言いたいことを、とりとめもなく書いたり、話したりして、気づく」という工程は必要。
◆「話を最後まで聞きますよー」という姿勢を見せるだけでも、相手は安心感を抱いてくれるだろう
あなたの人生のヒントになれば、幸いです。
あなたの人生が良くなるよう、心から応援しています。
今回も記事をお読みいただきありがとうございました。
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