月夜の大藤の花
夜、樹齢数百年という大藤の花を見に来た。
初めて見る大藤の花はまるで滝のような、森のような桁違いの大きさだった。
人混みが苦手なので夜を選んだのだが、今夜はほとんど誰もいないようだ。
月の明かりで朧に浮かぶ大藤の花は、この世のものとは思えないほど美しく、幻想的だった。
月に叢雲で、あたりが明暗を繰り返す中、藤の花の林は優しく揺れている。
大きく長い花房は青く、時にほの赤く輝いて見える不思議な紫だ。
いつの間にか周囲には薄っすらと霧が流れてきている。
ひんやりとした湿気が頬や手足に感じられ、藤の花々がよりしっとりと潤いを増したようだ。
静かだ。
わずかな風に揺れる藤の花の葉擦れの音くらいか。
遠く、琵琶と横笛の音が流れてきた。
今夜は近くの寺で観月の会があり、演奏しているのだろう。
澄んだ月の光と濃密な藤の吐息。
薄紫の滝の中で聴く嫋嫋たる笛と悲哀を帯びた琵琶の音。
こんな夜は藤の精も舞いたくなるのだろう。
微風に流れる霧の中、長い藤の花房がゆったりと揺れる。
大藤の神木が気まぐれに見せてくれる藤娘の舞い。
私は息を潜め、時を忘れて見入っていた。
絵 マシュー・カサイ「月夜の大藤の花」 水彩・ペン
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