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地震の経験から

この仕事をしていると、未来ある子ども達に、命の大切さや命を守ることの大切さを伝えることが多いです。

この記事は今回、帰省中にあった地震と過去の経験について書きます。苦手な方はまた次回からおねがいします。

今、感じていることをNOTEに残し、命を守ることについて伝えたいです。


私は今まで、程度は異なるにしても、命が危ない、命を守らなくては、と感じたことが何度かありました。全部大人になってからの経験です。
子どもの時はなかったと思います。それだけ安心安全に過ごせたのは親や先生など、周りの大人たちに感謝しかないです。

最初はやはり東日本大震災です。
今の中学生は東日本大震災は物心がつく前の出来事なので、記憶にないそうです。
自分の経験や思ったことを言える範囲で伝えています。


関東なので、東北の被災地の方々と比べると被害は大きくはないのですが、揺れは震度5弱、3階か4階にいたので(忘れました...)結構揺れ、命の危険を感じました。


当日出かける予定があったのですが、前日夜更かしをしていて朝起きられず、予定をやめて昼過ぎまで寝ていました。入浴中での地震でした。


最初は揺れが小さく感じ、しばらく浴室ですごしましたが、揺れがなかなかおさまらず焦ってパジャマに着替え、布団に入り、揺れが収まるのを待ちました。


主要動の縦揺れが次第に大きくなり、本棚の本が7,8冊落ちました。しばらく入浴がトラウマになり、他に人がいれば安心だと、ジムのお風呂に通っていた覚えがあります。

今思えば、あの時住んでいた家の避難所がどこだったのか分かりません。避難所に行くという考えがありませんでした。
仕事をまだしていなかったので、部屋でずっとテレビを見ていました。次第に入ってくる津波の情報をずっと辛く思いながらも受け止めていました。

余震が頻繁に起こり、その度にスマホの緊急地震速報がなりっぱなしで、その日は眠れませんでした。どう行動したら良いのか分からず、東北の友人の安否も心配で、電話も繋がらなくなり、さらに原発事故、計画停電などもあって、とにかく心細かったです。

スーパーにほとんど物が売っておらず(特に水とトイレットペーパー)、実家からの物資で過ごしました。自転車で、照明を落とし、営業時間が短い、スーパーをかけめぐったのを覚えています。
計画停電もあったので夜はずっと真っ暗の日もありました。枕元にスニーカーと、リュック(携帯、充電器、懐中電灯、ティッシュ、携帯ラジオ、タオル、着替え、水1リットル、非常識)を2ヶ月間おいて寝ました。


余震は1ヶ月ぐらいは毎日ありました。研究会で、研究を発表しなければいけない日にも強い余震があり、メンタルを保つのが大変でした。1年後、2年後、何年経っても余震はあったと思います。


今回、帰省先で地震にあいました。

久々に聞いたテレビのあの緊急地震速報。
あの音は正直トラウマで、何かのCMで出だしの音が似ているものがあるのですが、本当に心臓に悪いので変えてほしいなと思っています。
本当に必要な今は、あの音で冷静に見を守ることができています。


家族と一緒にいて、一緒に机の下に潜り、身を守りました。
1回目も結構揺れました。大丈夫かと思った時に、もう一度緊急地震速報。一回目と二回目の間はあまり時間がなかったように思います。

2回目が経験したことのない揺れを感じました。体感は東日本大震災の東京を超えていました。
動揺する家族を守らなきゃと思い、自分は冷静でいるようにしました。

やはり、職業柄月1で避難訓練をしているからかとにかく冷静にならなければと思いました。家族も自分も無事でしたが、棚の物がいっきに落ちて(各部屋50ぐらい...)、心の中ではすごく動揺していました。
とにかく落ち着いてテレビやXで情報を得ようと思いました。

津波警報が出て、他にも心配することは沢山ありましたが、後でいろんな方の無事を確認ができました。

少し時間がたって、被害の大きさが分かってきて、とても心が痛みます。被害が大きい地域も、最近訪れて楽しんだ場所でした。また行きたいと言っていたところです。
とにかく今はこれ以上被害が大きくならないことと、皆様の無事を心から祈るばかりです。

まだまだ強めの余震がこの記事を書いている最中も、何度も起こっています。むしろ増えてきている気がします。引き続き、警戒が必要です。

今回気づいたことが2つあります。


ひとつは、地域による危機意識の差です。
関東とはいえ、東日本大震災の経験を生かし、もっと危機意識をもつように、周りに伝えられています。


もうこの規模で余震が起こることはないから物をしまわなくても大丈夫、余震は1日経てばなくなるだろう、川はあるけど海から遠いから避難しなくて良い、津波到達時間までまだ時間がなあるから海の近くを通っても大丈夫など...



あますぎる!と言いたいです。
余震は特に1周間は警戒が必要です。その後も何ヶ月経っても、何年経っても油断できないし本震と同規模のこともある。津波は海から川をつたって押し寄せます。到着予定時間がどうとかではなく「今すぐ逃げて!」です。


親戚に初めて感情的に伝えてしまいました。
年末にいろいろあって感情的を封印していましたが、こればかりは伝えなければなりませんでした。

経験は最大の強みですが、社会科教員としても今後も常に最新の知識を得て、防災意識を高めていき、有事に備えたいです。みんなの命を守るために。

2つ目は、東日本大震災からの改善点です。
一人でいるか、複数でいるかの違いもあるのですが、今回はあの時より少しだけメンタルが落ち着いている気がします。
テレビや携帯の緊急地震速報が強いレベルの余震のみ鳴るようになったことです。


余震は一時間に10回以上来ています。
あの頃はまだ速報の精度が低かったのか、地震が来ても来なくても、寝ることができないような頻度で鳴っていました。しかも携帯の設定はオフにすることができなかったように記憶しています。
今はスマホにアプリを入れて、どのような形で通知をするか自由に設定し、強いレベルのもののみ通知が来るようにできます。

改善点はもう一つあります。テレビ放送がわりとはやく通常に戻ったことです。地震関連の情報が知りたかったらNHKを見ます。
わりと情報を得なければいけない場所ですが、民法でちょっとバラエティーがやっていたら気分転換に見ることができます。
少しだけ懐かしのACが帰ってきた感はありますが、ポポポポーンレベルのしんどさはないです。


やはり緊迫した状態にあると身体も心も疲れます。この2つがあのときから改善されただけでも少しだけ心のしんどさが薄れている気がします。

あと、これは残念な点ですが当時すごく頼りにしていたTwitterが、Xとなり嘘の投稿が多くなったことです。収益化や、最近誰でもフェイク動画やフェイク写真を作れるようになったからかもしれません。

本当の情報が分からず、命を守ることができなくなるので、本当に辞めてほしいです。

思いが溢れて少し長い記事になりました。
年末いろいろあって悩んでいましたが、生きていることに本当に感謝です。

生きていれば失敗したことをやり直せるし、生きていればこれからやりたいことができる、生きていればいずれまた話ができるかもしれない。


とにかく生きることが大切です。


一日も早く、全ての人が安心して生活できる日々が訪れるように、心から祈るばかりです。

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