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「お母さん元気?」  能登部直美 (のとべ なおみ)

 「お母さん元気?」いつもそう聞いてくれるなかまの政一さん。

 父と母が初めてかなの家に来た四年前、なかまと私が住むグループホームいぶきに宿泊し一緒に過ごしました。
 それから数年後その父が癌になったと知った政一さんはずっとお祈りをしてくれ、その事は母の心を震わせました。 昨年の秋、父が亡くなり、その後、母は大雪で引きこもる生活を余儀なくされていました。

 その事を政一さんに話すと「ダメだ!ここに連れておいでよ」と心配してくれ、その言葉を母に伝えると感謝の言葉は聞けても母の重い腰と気持ちは上がりませんでした。寂しく冷たく暗い冬は母の心も閉ざし始めていました。政一さんはその間もずっと母の為に祈ってくれました。

 雪どけを待って行われる父の納骨が終わったら一区切りになると、そう思った母はようやく一歩、外の世界(かなの家)に来る事を決心してくれました。「祈ってくれた皆さんに感謝を伝えたいから」その事が一番の母の原動力でした。地元で採れたホタテをリュックに詰め込み函館から静岡に海を渡り来たのは四月末のとても温かくいい季節でした。

 いぶきに到着し再会した政一さんに感謝の言葉を伝える事ができました。いぶきに住むなかま達も母を迎え入れてくれ、まどい作業所でもなかまからの歓迎を受けました。まどい作業所では母が得意とする盆踊りを初体験の生演奏付きで踊り感動し、母の後をずっと付いて踊るなかま達にめんこい!(=可愛い)と言い喜んでいました。

 人と会話しなかった生活を送っていた母にとってワイワイとなかま達と過ごす時間に、最初「酔っ払うー」とクタクタになりながらも、いぶきでぐっすり寝れる日々を過ごしました。

 グループホームでは、朝のお祈りでなかまの幸子さんのお気に入りの歌「忘れないで」を一緒に歌った時、「いい歌だね」と涙ぐみ。その時幸子さんが母の手を握って、母も笑顔で見つめ合い、その時、二人は友達になったようです。

 食事作りの役目を受けていた母は函館から持参したホタテの炊き込みご飯を作る準備をし始めました。その時、すかさず幸子さんが自分もエプロンを着て、母が頭に巻いていた手拭を見て、自分のハンカチを手にし、私に「つけて」と身体で言ってきて母と同じ姿になりました。母は幸子さんの耳が聞こえないと知っていながら、自分も生まれながら片耳が聞こえず、耳も遠くなっているので、大きな声で仕込みの説明をしていました。幸子さんも普段なら我先に私がやる!と作業を奪い取るのですが、そんな様子が全くなく黙って母の説明に耳を傾け、落ち着いた様子でしっかりチームになって調理をしていました。

 夜は政一さんのリクエストで北海道ラーメンをいぶきで調理して食べる事になっていましたが、なかまの仁さんが「私、大盛りでいいから!」と母にリクエストしたようで、母はその事を「面白いねー!何でも正直なんだねー」と笑いすぎて目に涙を溜め話していました。

 翌日はみのるさんのお墓参りに皆で出かけましたが、幸子さんは母の手をずっと繋いでいて常に一緒に居ました。いよいよ母が去る時が来て、幸子さんにお別れを伝える母の目には涙が滲んでいました。幸子さんは幾度となく別れを経験していて慣れているのでしょう、別れを悟りすぐに受け止め、母と握手をし、笑顔でバイバイ!と手を振り見送っていました。

 母は感謝の気持ちでいっぱいになりながら、北海道に帰っていきました。

 なかまは、母に全身全霊で、リクエストなど、意思を示してくれました。母は自分が頼られ、自分にやれること、役割があることで、生きているという今を再確認したようでした。母の手を、私は恥ずかしくて握れないけれど、幸子さんはずっと握ってくれ、母の寂しい心を温めてくれていたのだと思います。

 私もかなの家に来た時は、自分の生きる意味を見失い干からびた状態でした。しかし、なかまの歓迎や温かさ、そしてなかまの死を通して、わたしはもう一度、生きる事を受け入れたのでした。 

 なかまと小さな幸せを分かち合う時、大きな幸せに包まれます。なかまは孤独な人をつくりません。自分からは入れない世界になかまが導いてくれ、一歩を踏み出す勇気をくれます。自分の役目も与えてくれ、その役目が生きる力となり、また歩き出せる。母と娘、親子そろって、そのなかまの力に救われたのでした・・・。

 今、母は週に一度、高齢者のデイサービスにボランティアで食事作りや血圧測定などしながら自分の役割を見つけだし、人と関わりながら暮らし始めています。その事を政一さんも喜んでくれています。天から見守る父も、きっとそうだと思います。

 政一さんから母に書いてくれた手紙があります。
 「今度は僕たちが北海道にいきます。それまで元気でいてください。」
と書かれていました。いつか、それが実現することを私は心から願っています。

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