見出し画像

アダルトチルドレンでHSPで内向型でINFPとして生きる

アダルトチルドレン
HSP
内向型
INFP

どれも最近よく聞く言葉だ。
そして、これらがすべて当てはまると感じる人も少なくないのではないだろうか。

もちろん私も。

まず最初に出会ったのは「内向型」だった。

スーザン・ケイン著『内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力』を読んで、大きな衝撃を受けた。
人間には、「外向型」「内向型」などのタイプがあって、私はどう考えても内向型だった。
しかし、ある面では外交的に振る舞うこともある。
たとえば私は、初対面の人と話すことは難くない。
会う前は億劫なのだが、会ってしまえばそれなりに楽しく会話を繰り広げることができる。
複数人での会話も苦手。
でもこれも、会う前は億劫だが会ってしまえばそれなりに楽しい。

そして次に出会った概念が「HSP」だった。
さらに、「外向型HSP」といわれる「HSE」という言葉を知り、そしてまたまた「HSS型HSP」があり、ついに私はこれなのでは!?と感じた。

HSS型HSPは、周囲からは外向型のように見られるものの、一人が好きだったり刺激に弱く、HSP的な内面を持つ。
まさに先述した私のようだ。

そして「アダルトチルドレン」。
先に挙げた概念は、いずれも気質的なもの。
つまり持って生まれた性質のことだ。
しかしアダルトチルドレンは後天的なもので、生まれた後の環境によって影響される。
そしてアダルトチルドレンは、毒親育ちにも多いという。

そう、まさにだ。

私はずっと、自分の性格は気質であり、外向的な面もあれば、刺激に弱く大勢の人間と関わることが苦手だと思ってきた。
もちろん、人は先天的な気質と後天的な性格を合わせて育っていくので、完全にどちらかだけとは言えない。

しかしながら、アダルトチルドレンであることによって分かることがある。
それは、「親の機嫌を伺いながら生きてきた」故に、「外向的に振る舞って良い子として生きる反面、それが疲れて一人になったときにグッタリしてしまう」ということ。

学級委員になれば親が喜ぶから(⇔学級委員にならなければ親が怒る)学級委員になったり、元気よく挨拶をすれば親が喜ぶから(⇔無愛想だと親が怒る)から元気な挨拶をしたりする。

外向的な振る舞いをする背景には、必ず親の怒りがあった。
その怒りを爆発させないために振る舞っていたのだ。

そして最後、「INFP」
これは本当に最近日本でよく言われるようになった性格診断だろう。
ただ、無料でできる範囲は特にブレも大きく、診断をするたびに結果が変わることも多い。
しかし私の場合、何度やっても絶対に変わらないのが頭2文字「IN」の部分だ。
そしてそれは、内向的な性格を意味する。

ああ、どんな診断をやっても私は内向的なんだなあと思うと同時に、どこまでが私の本来の性格で、どこからが植え付けられた性格なのだろうと思うこともある。

でも先に述べたように、人間の人格形成というのは、先天+後天であり、いくら毒親育ちといえど、育ってしまったものはしょうがない。
内向型で、HSPで、アダルトチルドレンで、INFPなのが今の私なのだ。

アダルトチルドレンは、心理学的にはいくぶんか解消できるらしい。
なかなか一人でできることではないのだが、カウンセリングに通うのも大変お金がかかるので悩ましい。

内向型的な部分は、まずその特徴を理解し自分に当てはまるところをちゃんと把握すること。
そして、嫌なことは避けること。
そうすることでだいぶ生きやすくなったと思う。

今は、精度の差はあれどいろいろな性格診断がある。それが普及する背景には「自分を理解すること」「自分のことを他人に理解してもらうこと」を成し得たいという背景があるのではないだろうか。

かくいう私も、さまざまな言葉で自分を表すことができたとき、心がとても楽になった。
同時に、そういう概念があるということは、そういう人格の持ち主はこの世界に私だけではないのだという安心もすることができた。

それはとても尊いことだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?