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ショートショート 「某雑草」

 額に当たるカーテンの隙間から入る日差しが熱くて目を開ける。ベッドの上に転がっているケータイのボタンを押すと12時ちょうどだった。遠くから風に乗ってキーンコーンカーンコーンとどこかの小学校から給食の時間を告げるチャイムが聞こえる。もう2週間以上人と会っていないので、毎日小学校に通い集団に溶け込んでいる彼らの方がよっぽど社会的だと思った。社会性というエネルギーを孕むチャイムに恐怖を覚えながも私は給食を想像してしまい強烈な空腹を感じて部屋着と兼用の寝巻きのままのそりとベッドから降りて冷蔵庫まで歩いた。もう8ヶ月も収入がストップしていて、とっくに失業保険も切れていたので、節約のために一日のうち夕飯に一食だけ食べる生活を続けているけれど、この空腹感はどうにもなりそうになかったからだ。冷蔵庫には味噌と辛子と卵二個。目玉焼きでも作ろうかと思ったけど、こんな天気の良い日に目玉焼きなんていう THE健全な日常の象徴みたいなスタンダードなメニューは自分に対する嫌味のようでやめにした。でも味噌汁を作ろうにも中に入れる具材がないので、冷蔵庫から顔を出し何か残っていないかと戸棚を開けたけど何もなく、辺りを見渡しているとカーテンの隙間から日差しと共に揺れる庭の雑草が目に入った。

あれ、食べられへんかな?

玄関に行き、ババくさいサンダルを突っ掛けて3日ぶりに外に出る。久しぶりに外に出ると毎回感じるけど、外の空気は家の中と違ってとてもクリーンでよそよそしい。自分の体の輪郭をしっかりと感じ、空気が私と世界を切り離したがっているようだ。雑草に目をやると、嬉々と太陽の光を浴びていて私より逞しく見えた。むしろ、私が彼らに食べられた方が良いんじゃないかなんていう自虐が浮かんで失笑する。その健全さを誇示する雑草の前にしゃがんで短パンのポケットに入れてきたケータイを取り出して「庭 雑草 食べられる」と検索する。一番上にヒットしたサイト名が「食べるなキケン! 庭の有毒植物」だったのでいきなり出鼻を挫かれた気分になった。そのサイトを開き、目の前の雑草と見比べてみたけど同じようにも、違っているようにも見えた。

「お前、寂しないんか?」

諦めて立ち上がりかけたとき急に声がした。私はビクッとして顔を上げ、急いで門の方を見たけど誰もいなかった。配達の人かと思ったからだ。
「お前や、お前」
もう一度声がして、その声が足元から来ていることに気づいた。下を見ると、雑草の中でも一番太い茎を持ち背も高い一本の一番上の葉の部分が分厚い唇の様になって動いていた。
「寂しないんかて聞いてんねん」
「寂しいよ。だから何」
私は、人とずっと合わないと雑草と話が出来るようになるのか、と可笑しくなって言い返した。
「ほんなら、雑草なんか食わんと外行って働いたらええがな」
「ほっといてよ。寂しさよりも嫌なことって沢山あるんよ」
「何がそんな嫌やったんや?」
雑草が私を馬鹿にしたように笑いながら言う。
「同調圧力が嫌だった。毎日朝早く起きて働きに行けば、お金とか安心感は手に入るかもしれないけど失うものの方が大きいと思う」
「自分の価値とか言うんじゃないやろな?」
「そうやで。わかってるやん。自分の労力があの人たちが信じる価値に変換されるだけやん。お互いの首締めながら、安心したフリしてアホみたいやん」
「せやかて、つまらんやろこんな生活」
「あなたに言われたくない。ずっとそこにおるだけのあなたに」
「オレは仲間と毎日楽しくサバイバルしてるがな。今はお前の話してねんアホタレが」
「口悪いなあ」
私はそう言いながら考えた。私は今つまらないのだろうか。皆に同調しないことで、ある意味ハイカロリーに生きていると思っていたけど、にじり寄るようなコミュニケーションも無ければ好きなものを食べる刺激もない。
「お前、たまには豚の角煮みたいなハイカロリーなおかず食べたないんか?前はよく作ってたやろ」
「食べたいよ。食べたいけど、、」
「ほんなら、外に出て働いて作って食べたらええがな。それだけのために働いたってええやろ。価値とか、生活のための金とか、そんなことはどうでもええねん」
 額に当たるカーテンの隙間から入る日差しが熱くて目を開ける。ベッドの上に転がっているケータイのボタンを押すと12時ちょうどだった。


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