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道徳について考えてみたかった

ぼくは小説を書いているけれど、別の仕事も持っています。

少し前までぼくのもう一つの仕事は「道徳」でした。小学校や中学校で週に一回、先生が「今日はこんな話を読みます」とか「今日はこんな動画を見てみんなで考えてみたいと思います」とか言いだすあれです。

「道徳の時間」に子どもたちが手に取る、短い話がいっぱい載っている「道徳の本」。ぼくはそれを作っていました。

○道徳の「読み物教材」

「道徳の時間に読んで、あなたがいまでも覚えているのはどんな話?」
きっとおそらく、多くの人はこんな質問をされても何の回答も浮かんでこないんじゃないかと思います。
それというのも、道徳の読み物教材は、基本的に退屈だからです。

ぼく自身が小学生や中学生だったとき(そもそもぼくの地元では、いわゆる道徳らしい道徳の授業なんか行われていなかったのですけど)、学校で配布された「道徳の教科書」には、なんだか不自然な子どもが出てきて何かやらかして誰かに怒られて反省する、みたいな話がやたらたくさん載っていました。見るだけでなんだか嫌な気分になったのを覚えています。

だって嘘くさいし、登場人物に魅力がないし、そもそも感情移入ができなかったからです。
それって、物語として破綻しているんじゃないかと感じていました。

○嘘くささの正体

実は道徳の読み物教材って、1本ごとにテーマがあります。
学校でやる理科や国語みたいな教科には、学習指導要領という、国が定めた「子どもたちにこれを教えること」っていうタネ本があって、それに従って指導が行われています。
理科の場合だったら、たとえば小学校の場合、
 ・(小学校3年生)乾電池を使って豆電球を点けてみる(回路のしくみの理解)
 ・(小学校4年生)乾電池の数を増やしてみる(どうしたら電流が強くなるかの理解)
 ・(小学校5年生)電磁石をつくってみる(電流をエネルギーとして理解していく準備)
のように、子どもたちがだんだん体系的に、そして抽象的に考えられるように単元が配列されています。

基本的には「道徳」の場合も同じです。
道徳の場合、まず大きな区分が4つあります。
 ・主として自分自身に関すること(A)
 ・主として人との関わりに関すること(B)
 ・主として集団や社会との関わりに関すること(C)
 ・主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること(D)

その大きな(A)から(D)の中に、小さな区分がたくさんあります。
その区分の一つひとつが「内容項目」と呼ばれ、わかりやすい言葉に置き換えられています(異論もありますが簡略化して伝えています)。

中学校の内容項目は22個あって、そのうち8番目は「友情、信頼」
22個のうち、14番目は「家族愛、家庭生活の充実」
という具合です。
(興味のある方は、文部科学省が公開している「小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」26~27ページをご参照ください)
https://www.mext.go.jp/content/220221-mxt_kyoiku02-100002180_002.pdf

つまり、道徳の読み物教材は単なる短い物語ではなく、
22個の内容項目のうち、どれか一つ(あるいは複数)について子どもたちが自分なりに考えるための材料として作られているのです。
その条件を満たすために、「考えるべき要素を無理やり埋め込んだ物語」になってしまっていることが、道徳の読み物を嘘くさくさせているのではないかと感じています。

○何がしたいのか

要するに、読んでおもしろい道徳の教材をつくってみたいと思ったのです。

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