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石岡瑛子 I デザイン 兵庫県立美術館

石岡瑛子(1938-2012年)没後10年を経て開催された回顧展。
回顧展か、と思って展示場に入ると、「これは"回顧展"ではありません。石岡瑛子はここにいます。」という案内から始まる。
なんてこった、わくわくするじゃねえか、と思わせてくれる。

石岡瑛子は、東京藝術大学卒業後、資生堂に入社し、グラフィックデザイナー、アートディレクターとして活躍してから1970年に独立する。
パルコや角川書店の広告を手がけながら、舞台芸術の分野でも活躍した人だ。

デザインて、面白い

この展示、石岡が資生堂に入社してから手がけた広告の紹介から始まるんだけど、ずっと「ホネケーキ」のCMが流れてるんよ。
ずっと「ホネケーキ」って言ってるんよ。
ホネケーキってなんだよ、って思いながら動画を眺めていたら、ハチミツ成分を配合した石鹸のことだった。
HONEYをホネって呼ぶの、時代だよね。

そう、時代。
グラフィックポスターとかも、え、これ手描きなん?ってのがあったりする。
今だったらIllustratorを使って作るのにたぶん1分かからないようなデザインを丁寧に手描きされてたりする。
何がすごいって、今はそのデザイン案を出すのに1分かららないけど、当時は何時間もかけて作って、作ってみないとどんなデザインになるのか検討つかなくて、ああでもない、こうでもないって言い合うのに相当な苦労があったってこと。

頭の中、どうなってたんだろ。

1970年代にどれくらいの技術が存在していたのかは定かじゃないけど、この指示通りのレタッチって、どうやってたんだろ。
当時のパソコン技術が気になる。
どうやって処理してたんだろ。
この指示通りの処理をするのにどれくらいの時間をかけてたんだろ。

僕の持論で、デザインなんて、1秒も見てもらえないと思っている。
みんなもそうでしょ。
街中に溢れているポスター、どれくらい思い出せる?
テレビで流れているCMのフォント、明朝体だったかゴシック体だったかすら思い出せなくない?
そういうもんなんだよ、デザインって。

でも、その1秒見てもらえるかどうかわからない刹那に、全身全霊をかけていくのがデザイン。
自己満足って言い換えてしまうと怒られるかもしれないけれど、デザイナーって、自己満足するための欲求がどこまでも強い人じゃないと務まらない気がする。

この唇のグラフィック、2つの唇が重なっているだけのようで、輪郭がうまく掴めなくて、何か言いたげで、ついつい目が奪われた。
これ、僕が自分でデザインしたポスターに唇を使いたくて、でもうまく表現できなくて、どうやったら唇をピンポイントで使って、いやらしくない状態に仕上げられるかわからなくて、結局作れなかったものの答えな気がする。
自分はまだまだだなって、これからもっと学んでいかなきゃって、思わせてくれた。

デザイナーになりたい、という声をよく聞く。
でもみんな、美術館には行かないし、本も読まない。
どうやってデザイン案を出しているのかと聞くと、Pinterestで探すって言う。
デザイナーって、なんだ?
鼻血が出るんじゃないかってくらい脳味噌フル回転させながらありとあらゆる資料を読み込んで画用紙に鉛筆で殴り書きした素案をコンピューターグラフィックに落とし込んでいく過程で再度鼻血を出しそうになるっていう日々を繰り返しながらも、それはぜんぶ自己満足の世界やねんって、自分が好きやからやってるだけやねんって笑っていられるような人間がなるものだと思ってたけど、これも、時代の変化なのかな。

自分の好きな時間に、自分の好きな場所で、自分の好きな人たちと、気軽に過ごせるのがデザイナーなら、僕は自分がデザイナーだと名乗りたくない。

兵庫県立美術館は、ちょっと前に白髪一雄のコレクション展をやっていた。
そして今は、石岡瑛子を展示している。
誰だよ、この企画を考えた人、最高すぎる流れじゃねえかよ。

兵庫県立美術館って、個人的には結構、好きだ。
今年だけでも、今回の石岡瑛子、そして白髪一雄、さらにはスーラージュと森田子龍もやっていて、かなり推し美術館になっている。

美術館、一緒に行こうよ。

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