吉田修一『熱帯魚』
これは恋なのか、それとも人間としての脊髄反射なのか、正解はないけどどれも正しいと思わせてくれる小説集だった。
いいね、吉田修一。
今までなんで読まなかったんだろうって考えるけど、ようやく読む時がやってきたのだろうなって感じ。
どれもこれも、傑作。
普通ってなんだ?
自分の中では当たり前なことなんだけど、他人から見るとおかしなことってあるよね。
丹精込めて酢豚を作ったけど、味が気に入らないからぜんぶ捨てたり。
丹精込めて作ってくれなかった炒飯を問答無用で捨てたり。
側から見るとおかしな行動かもしれないけど、本人はいたって本気。
京都の市バスで、列に並んでないお年寄りたちが、バスが到着するなり我先にと横入りして乗り込むのは京都観光に欠かせないスパイス。
彼らにとってはそれが普通。
当たり前じゃんって思う部分が、お年寄りとそれ以外では異なっているだけ。
一時期、会社でクレーム処理を担当させられたときがある。
クレーム処理っていうか、罵詈雑言をひたすら聞く役。
ちょっと、病んだ。
でも、その会社にいたパートの女性(勤務歴15年の元部長)が、
「なにあいつら、可愛い」
って言っているのを聞いて、世界の見方が変わった。
「キチガイからしたら私らの方がキチガイなんだから、キチガイに対して真っ当に対応すること自体が間違ってるのよ」
そう言って、彼女は顔に唾を飛ばされながらも神妙な顔つきでクレーム対応をしていた。
「自分が無知であることを棚に上げて私らに対してあれだけ怒れるのよ。たまんないじゃない、ほんと、可愛い」
彼女は常にそう言いながら、みんなが嫌がるクレーマーの対応を笑顔でこなしていた。
かわいい??
何がどこがどうして可愛いのかわからなかったけど、僕も真似して「かわいい」って言ってみた。
ぜんぜん可愛くないけど、自分に言い聞かせるようにして、「かわいい」って言い続けた。
そしたらある日、クレーマーたちの言葉が、すっと耳に入ってくるようになった。
なんで怒ってるんだろうって考えながら、頷きながら、神妙な顔しながら、30分くらい耳を傾けることができるようになった。
僕は何もしてないのに、ただ聞いていただけなのに、いつしかクレーマーたちのお気に入りになって、知らぬ間に僕の売上が上がっていた。
世界って、不思議だ。
若手が「やらかしました」って冷や汗垂らしながら報告してきて、絶対クレーム入るって状況におろおろしている姿を見て、隣で「ゾクゾクするじゃん」って言えるようになると、若手ぽかんとした顔を僕に向けるようになった。
「どうしてそんなに堂々としてられるんですか」って聞かれるようになった。
ついこの間まで、若手の心情が僕の普通だったのに、気づけば僕の普通が変化していた。
普通って、変化していく。
できないことが、できるようになっていく。
不可能だと思っていたことが、可能になっていく。
そしたら、どんどん視野が広がって、なにこれ楽しいって思えるようになっていく。
学びって、そういうことの繰り返しだ。
勉強が嫌いだと言う人が多いけれど、学ぶことを止めた瞬間から、現状維持ではなく退化の始まりだと思っている。
少しずつでいいから、できることを増やしていこう。
できることが増えたら、それが当たり前になるから、もっとできることが増えていく。
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