36.生徒2人だけの塾

 Yちゃんと通うことになった塾 “ほるぷ” は、学校帰りいつも一緒にバスを待つ駅の近くにあった。
毎週土曜日の午後の学校の帰り。
お弁当を持って行くこともあったし、近くのパン屋さんでパンを買って、行くこともあった。
パン屋さんでパンを選ぶのって大変!!
美味しそうなパンがいっぱいあって、目移りしちゃう。

そんな時は、Yちゃんのオススメパンにすると間違いがない。
Yちゃんは必ず牛乳も買う。
しかも500mlのパックの牛乳。
牛乳嫌いな私には、とても考えられないことだったが、いつも美味しそうに飲むYちゃんを見て、買ってみた。
いつしか私も牛乳が飲めるようになっていた。

ほるぷの先生はあまり背の高くない、ちょっと小太りの丸顔、天パーっぽいような髪型の先生。
正直…ここで勉強した記憶がまるで思い出せない。
真面目に勉強していたのか〜…疑問。

思い出すのは、Yちゃんとパン屋さんに行ったことと、彼女が毎回牛乳を買っていた光景。
塾なのだから勉強していたはずなんだけど…
どんなに記憶の引き出しを開けても、出てこない。

そのあと覚えているのは、
「全然、成績が上がらない!」
と怒っていた母のこと。
やっぱり、勉強をめちゃくちゃやってくれる塾ではなかったのかもしれない。
…そんな塾なんてある⁇
私にやる気がなかったのか…。

ある日曜日、 “ほるぷ” の先生が我が家にきて
「この教材で勉強すれば、成績は断然上がります!」
とか言われて、悩んだ末、母はその教材を買った。
相当高かったらしい。
10万くらいと聞いた気がする。
でも、その後、その教材を使うこともなく、私の成績も上がらない。

母はめちゃくちゃ怒って
「あんなインチキな塾は辞めるからね!!」
と、別の塾を探してきた。

わたし、ほるぷ 辞めることになった。

と、Yちゃんに話すと、
「私も辞めるの。
お母さんがもう行かなくていいって言うから。」
と、答えが返ってきた。

ちょっと寂しかったけど、確かに受験を考えると…いい選択だったと思う。

母が新しく見つけてきた塾は、自宅から自転車で行ける距離にある、少人数といえば聞こえがいいが…
私しかいなかった。
鉄筋の一軒家風の建物。
畑に囲まれている静かなところ。

「この塾は方角がいいから、今度こそまさえちゃんも実力が出せるはずよ。」
私は、相当勉強ができなかったのだろう。
親がこんなふうに思うなんて、ちょっと情けない。
私は全く信用されてない…

この塾では、算数と国語を勉強することになった。
今で言うマンツーマンの塾。
それが売りの塾ではなく、ただ単に生徒がいなかっただけで、暫くの間、私一人だった。

国語の先生が印象的。
“芋洗坂係長” に、黒々した髪がもう少し多くある感じ。
おそらく髪につける整髪剤の匂いだと思うのだけれど、その先生はいつもバウムクーヘンのような香りがした。

優しくて、教え方もうまくて、真面目で冗談は好きではなさそう…
汗を拭くハンカチを常に持っている。
ただ…このバウムクーヘンみたいな匂いが〜
甘くい香りが、結構キツイ。

塾の事務の方が
「多分、もう一人入る予定だから。」
と、言った。

えぇ〜…
このまま一人でもよかったのになぁ。

一人の男の子が塾に入ってきた。
Iくん。
ちびまる子ちゃんのキャラの中では、えびすくんが一番近いかな。
学校が一緒なわけではないので、彼の普段の様子は全くわからないが、真面目っぽく、頭も良さそうに見える。
一見要領良さそうな感じだけど、話してみると人懐っこい、そして恥ずかしがり屋の優しい男の子。

頭良さそうなのに。
もっと人気の塾へ行ったらいいのに。

そう思った。
でも、もう一人いると、俄然頑張る気になるね。

Iくんは面白い男の子で
「指を鳴らす練習してるんだ。
カッコよく見えるだろ⁇」
と言って、指を鳴らしてきた。

全然、カッコよくない。

と思ったが、一応

そうだね^^;

と、答えておいた。

Iくんが左手の人差し指だったか…中指だったか…
ある日、包帯を巻いて塾へ来た。

どうしたの⁇

「指を鳴らす練習してたら、ボキッ!!って大きな音がして…
骨が折れちゃった。」
と、淡々と言った。

この話を聞いて、ドン引きしない女の子がいたら、教えて欲しい。

有り得ない!!
自分の骨が折れるか折れないか、普通、わかるでしょッ!!
アホじゃないの⁇

それか、余程骨が弱いとか⁇
もしかしたら、方角が悪いんじゃ……

頭の良さげな人だと思ったけど、全然!
指鳴らそうとして骨折なんて!

私の中で、Iくんのイメージが、ちょっと崩れた。
でも、それがきっと彼らしいというか、逆に親近感を持てるきっかけにもなった。

Iくんはどこの中学を受験したんだろう。
私は女子校だけを選択していたから、そんな話はしたことがなかった。
受験間際まで、この塾に通っていた気がする。
辞める時、ちゃんと挨拶したのかな。

今、彼はどうしているのだろう。
今みたいにスマホがある時代だったら、連絡先交換とかしてたのかな。

あの時折った指、曲がってないといいけど。
成長期真っ只中に折っちゃってるからねぇ…
しかも、昔のことだし、ちょっと心配。

iくん、その後、指はどうですか?
指を鳴らしている人を見ると、あなたを思い出します。

…続く……☝️


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