第四話 浸食
この町に会社を構えてぼちぼち五年になるが最近町の様子が変わった気がする。
具体的にどうと言う事は言えないがなんとなく住人たちの顔色が明るくなったような気がするのだ。
以前までは駅周辺の飲食店や個人商店は平日昼間なんてガラガラだったと思うのだが今は平日だろうが土日だろうが駅周辺は人がうじゃうじゃいる。
オフィスにいるともちろん気になったりしないのだがこうやって近くのファミレスで食事してるとひしひしと感じる。
俺の座っているテーブルの隣にまた客が来た。
しかし関係性が分かりにくい。
片方の男は二十代の男でパーカーにチノパンとラフな格好でもう片方はやっぱり二十代の男なのだがスーツ姿で表情はブラック企業の三年戦士という感じだ。
「この前もちょこっと話した内容なんですけどこれからの時代携帯電話に高い料金支払うやつは馬鹿だと笑われますよ?」
どうやらラフ野郎がスーツに格安シムの営業をかけているようだ。
「はぁ、まぁ、そうなんですかねぇ」
スーツの方はスーツの方で聞いているんだか聞いていないんだかわからないような表情でテーブルの天板を眺めながらうなずいている。
「だからですね、こちらのウサギモバイルってのがお勧めなんですよ。」
なんじゃそりゃ。
営業トークっていうものを考えたりしないのだろうか。ラフ野郎はフロントや訴求など全くせずにいきなり商品の紹介をし始めた。
俺は笑いをこらえながら食後のコーヒーをかき混ぜる。
「えぇ?」
「このウサギモバイル、例えば青木さんが使うじゃないですかぁ。その青木さんがウサギモバイルを紹介してその人がウサギモバイルを使うようになったらその人の月額料金の数パーセントが青木さんに入ってくるんですよ!」
「・・・」
「ずっと転職を考えてたんでしょ?でも転職先が今よりブラックだったらって思うと先に踏み出せなかった。そうでしょ?」
「はい・・・」
「このビジネス、今の仕事をしながら一人ずつ増やしていけばいいですよ。その人が増やしたお客さんの月額料金からも青木さんにお金が入るんですよ!」
「・・・それはすごいですね。」
「でしょう!?これを始めて私も会社で働くことが馬鹿馬鹿しくなって辞めちゃいましたもん。」
「・・・ちょっと考えてもいいですか?」
営業トークも馬鹿馬鹿しかったが受け答えするほうもかなり馬鹿だな。
コーヒーを飲み干しながら俺は話を聞くのをやめようと立ち上がった。
そして会計を済ませようとレジに向かって歩いていたのが足が止まった。
3組・・・いや5組いる・・・!
このファミレス内で同じ話をしている奴らが平日のこの時間帯で5組もいるのだ。
会話の内容を聞けばどっちが営業でどっちがカモなのかはわかるのだがそんな面倒な確認なんか必要ない。
笑ってないほうがカモなのだ。
俺はすぐさま自分が座っていたテーブルにもどりラフ野郎に話しかけた。
「その話、詳しく聞かせてくれないかな」