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岩崎弥太郎 征西雑録・後編

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岩崎弥太郎の最近まで知られていなかった日記「征西雑録」の紹介を、マガジンとしてまとめました。その後編。長崎を旅立って高知に帰着し、旧知と交流する傍ら、長崎での不首尾の始末に終われ…
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記事一覧

弥太郎、なかなか旅立たない

三月十九日 日記は「この日長崎を発つはずだったのだが」と言い訳のような書き出しで始まりま…

伊井直行
4か月前
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長崎市外~島原~熊本

閏三月二十二日 晴。早起きをすると体調が良く、日の出を過ぎて出発。矢上から転じて浮木道に…

伊井直行
4か月前
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熊本~阿蘇~竹田

閏三月二十六日 昼前、隅田敬治と共に清正公(加藤清正)の廟を拝しました。「非常に広大。礼…

伊井直行
4か月前
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佐賀関~豊後水道~八幡浜

万延元年四月一日 明け方に起きると霧雨でうんざり、晴れの日には犬飼から鶴崎まで舟で行ける…

伊井直行
4か月前

大洲~四国山地~高知

万延元年四月三日 薄曇り。早起きして朝飯後に八幡浜を出発。宇和島の関で往来手形を見せて大…

伊井直行
3か月前

高知、再会と悔恨

四月八日 早起きして長崎での経費を記録。義兄吉村喜久次が帰宅したので、急な帰国の事情を説…

伊井直行
3か月前

高知 旧知との交遊、藩重役からの詰問

四月十四日 高知市内の「南北の奉公人町を過ぎて浴場」後に出勤、御目付方の下横目から帰国の届けが役場に出ていないと指摘され書面を作成しました――私儀、三月三十一日に長崎を発ち、四月五日に用居(の関所)から国に入り、同七日高知に帰着しました、と。これを御目付所と後勘定所に出し、「それで事がすんだので帰った」帰途、訪ねた先で「盃を傾け」、帰寓後には来客と夜遅くまで飲酒。夕方、「母君」が帰路につき市内の親戚宅に行きました。 十五日 「午前、崎陽蕩遊録を検し、かつ認めた」その後、親戚

故郷安芸での日々

二十二日 早起きして安芸へ帰郷の支度。義兄吉村喜久次が井野大黒天に参拝に行く門出も兼ねて…

伊井直行
3か月前

高知の日々 上司の下許が長崎から帰着

五月三日 早起きして朝食後、大人(父親)と温酒で高知への門出を祝いました。午前八時頃家を…

伊井直行
3か月前
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高知の日々 長崎での不首尾がたたる

五月二十二日 午前中、土佐藩参政吉田東洋に向けた書を認めました。午後、昼寝の後「小酌、微…

伊井直行
2か月前
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高知の日々 不首尾の後始末

六月一日 早朝、役人を訪ねて長崎往還の旅籠代について問い合わせ、上司下許武兵衛の分と帳簿…

伊井直行
2か月前

旅の終わり 故郷安芸への帰還

六月十日 「南風が激しく緑幽亭の茅屋根が少々吹きはがれ一方ならず慌てた」助けに来た人が上…

伊井直行
2か月前
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