2 忘れない

遠くの席だったのによく目が合って、あの子は、僕に、他でもない僕に、笑いかけてくれた。綺麗な綺麗な笑顔で、ただそれだけで、その教室には、その世界には、僕とあの子のふたりしかいないような気がしていた。
灯りを消した子ども部屋。暗順応してきてうっすら見えてくる丸い蛍光灯。まっさらな天井。まるでパレットみたいだ。自由に、あの子との光景を描き出す。そして、あたかも羊を数えるように、ぐるぐる、あの子に伝える言葉を考えていた、あの頃。
秒針が何秒分か進んで、僕はじきに二十五になる。けれども僕は、あの頃、拙い語彙であの子に伝えようとしていた言葉を、てにをはまで漏らさず忘れられないでいた。

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