公正世界仮説
公正世界仮説について書きます。
公正世界仮説とは──────
全ての正しい行いは、最終的には報われ、全ての罪は最終的には罰せられると考えるバイアスだ。
言い換えると結果を出した人が正義なら、結果を出せていない人は悪という理屈になる。
かつてアリアナ・グランデのコンサートでテロがあった。
その時の被害者には9歳の女児もいた。
公正世界仮説の理論に《現実は公正ではない》というものはない。
「悪い結果には悪い行いがどこかに存在する」という誤謬を起こす。
その理屈をアリアナ・グランデのテロに当てはめると、テロの被害者には何らかの悪行があったということになる。
それはこの9歳の女児も例外ではない。
「カエルを踏みまくる趣味があった」とか「前世で極悪人だった」とか、なのだ。
最終的に公正世界仮説を信じる人間は認知的不協和という混乱を起こし「フェイクニュースだ」「デマだ」「何かの間違いだ」と目を逸らしたり、最初から無かったことにする。
池田大作やジャニー喜多川は酷い死に方をしたか?
老衰だぞ。
死後に評価が下がっても、それは裁かれた事にはならないと思う。
公正世界仮説は誤謬というより願望に近いと思う。
「悪人は裁かれて欲しい…」
「聖人君子は報われてくれ!」
俺も元々この公正世界仮説を信じていたから真面目に振る舞えていたのでしょう。そしてその価値観は周囲と共有できていた。しかしそれ故に結果が出ない時は自分の《悪い行い》のせいだと自他共に決めつけてしまった。
周囲の人間が優しくしてくれないのは、この公正世界仮説が原因だと思います。「現状が悲惨なのはコイツがなんか悪いことしたからだろ」「自業自得じゃね?」
俺自身、公正世界仮説の価値観をインストールしたまま上手くいっていたら、報われていない人を悪だとして叩いていたと思う。
今はもう真面目には振る舞わなくなりましたね。人生を諦めたという虚無感もあるでしょう。しかし公正世界仮説の価値観がアンインストールされたからというのもあります。良いんだか悪いんだか。