敗北から学べるブラジリアン柔術
久しぶりに柔術の話でも。
柔術のメリットについては、過去のブログでいろいろと紹介しました。
興味を持った人はとりあえずやってみましょう。
その中で一見ネガティブなイメージだが、実は良い効果なのでは!?と思っていることがある。
それは、「タップ」という敗北宣言による勝負の決着方法である。
「タップ」の類語として、「ギブアップ」「タップアウト」「降参」「参りました」などがあり、誰が見ても明らかな自らの意思&表現による”敗北”を認める行為だ。
どのような行為かと言うと、自分の手で相手の体を2~3回叩く。手が動かせないような状況だったら足で畳やマットをバンバン!と叩いたり、口頭で発言してもOK。
めちゃくちゃ苦しそうな表情でバンバン叩いてたら一目瞭然の「タップ」となるが、
”なんとな~く”or”さりげな~く”タップをして相手が技を緩めた瞬間「タップしてないよ」的な感じでピンチの状況から脱出しようとする人も稀にいます。仮に、タップ疑惑で逃げ出せたとしても「逃げれたぜ」と思っているのは本人のみで、相手も周囲も後味悪いだけとなり人間性が疑われる行為となります。
そもそも、そんな浅はかな考えによるタップは相手に伝わらなかったり、レフェリーがいた場合は見逃してしまい、そのまま技が継続され、締め技による失神や関節技による骨折や脱臼などの結果を招くこともある。練習では心優しい人達ばかりなのでそこまでする人はいないが、出稽古や試合の場合は危険度MAXです。
もう首絞まってるから。。。
我慢しても怪我するだけだから。。。
その状況からはどうあがいても抜け出せないよ。。。
冷静な目線である周囲からは、”負けを認められない人だな” としか映らない。
「いや」「でも」「だって」などは通用せず、「負けたくない」「かっこ悪い」「自分が負けるとは」のような変なプライドを捨て、ハッキリと大きなアクションで「タップ」をしなければならない。
さて、日常で「敗北」を完全に認め「負けました」と、表現することってありますか?
例えば、仕事で大なり小なり失敗したり、指摘されることは誰にでもある。
その時に華麗な「タップ」宣言をし、自分に何が足りなかったのか向き合える人は今後の糧となる。
目の前で起こったことを素直に受け入れられる心の余裕を持つためには、等身大の自分を認める強さが必要。
柔術では”帯色”によって、実力が自他共にハッキリと分類されている帯制度というものがあります。
帯制度⇐(過去ブログ)
逆の立場も考える。
相手が「参りました」と言っているのに、必要以上に追い込む意味はありますか?
反撃してこないとわかるとさらに強気になっちゃう人もいます。自分の力を誇示しているだけですね。
そんなことより相手が「参りました」と言っているなら「今後どのようにするか?」と建設的な話をした方が両者にとって良いことだ。
人は腐るのは簡単で、成長する方が難しく
他人を潰すよりも、成長させる方が難しい
さて、ここでご紹介。
柔術でどれくらい日常的にボコボコにされているのか赤裸々に綴ろう。
通っている道場主とは、年齢・体重・身長はほぼ同じ。
自分 青帯(経験 5年)
道場主 黒帯3段(経験 20年)
※2016年にワールドマスターと呼ばれるラスベガスで開催された世界大会で準優勝
年間100回スパーリング(5分間の試合形式)を行ったと仮定すると累計500戦全敗。
なんなら5分間に何度も「タップ」しているので2,000回以上は敗北している。
何回やっても負け。全力でやっても負け。1対1の勝負でこんなに負けることある?ってくらい負け。
囲碁、将棋、オセロ、チェスなどに置き換えたらよくやるな?ですよね。
柔術って、ロジカルで現実的なスポーツなので、まぐれや奇跡なんてのはほぼ皆無なんです。
だけど、切り替えてまた挑戦する。自分を負かした勝者に教えを乞いてまた挑む。
自分自身の「心」に負けないように。
その結果として、いつの日か「やるな」と思われるわけだ。
「負けた」という結果から乗り越えることも大切であるが
「負けました」と自分から素直に表現できるかどうか。
柔術は、先を見据えた「敗北」を学ばせてくれる。