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自分に優しくするということ



1.何でこうなるの?

~ミドルエイジ・クライシス!~


神さま、私、なにか悪いことしました?
普通に暮らしてきただけなのに。
ええ、手抜きすることもありますよ。夕飯にスーパーのお惣菜出したり、掃除をさぼったり…。

ワーキングママさんたちが羨ましく嫉妬したこともあります。彼女たちは家庭を回しながらお金も稼いでいるのに、専業主婦の私はなぜか、あっぷあっぷ…。子育ても立派な仕事だと言われても、社会人として生産性のない私は何か欠けているのかも…。

道端のアリンコは踏みつぶしたかもしれませんが、なにも悪いことはしていません。なのになぜ私がこんな思いをしなければならないんですか~。
神さま~。



一人の時、こんなふうに叫びたくなった方、いらっしゃいませんか?

叫んでいたの私です。40代になったとたんに、いろんなことがわが身に降りかかってきました。入院、子供の問題、夫との考え方の違い、高齢になってきた親の問題、そしてコロナ。

中年期に思いもよらない起きてほしくないことが起こってしまうことがあります。これって、ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)と言うらしいです。人生も折り返し地点。「自分はこのままでいいのか」とか、今まで放置してきた問題や新たに出てきた問題が絡まった糸のように、もつれにもつれて、心の中でモヤモヤしていました。

「今までの価値観ではこれから先は無理ですよー。生き方の転換をする時期ですよー。」と求められている感じがしました。そこから、私のこんがらがった心の糸をほぐす作業が始まりました。

2.自分と向き合ってみる。 

~心と体の中心点行方不明病~


あなたは「自分さえ我慢すれば」、「周りの人が良ければ」と常にだれかを優先する生き方をしていませんか?

これ要注意です!私のミドルエイジ・クライシスの悪の元凶、人生においての最大の間違いと確信しております。思い返せば、「あなたの良いところは我慢強いところ」と親から言われて育ってきました。我慢は美徳で、我慢できる人は人間的にできた人なのだと信じて疑いませんでした。

我慢は美徳と考える私は「こうしなければいけない」、「もっとこうすべきだ」と無意識に自分に我慢させることが普通でした。これは恐ろしい事に自分を縛り、夫や子どもを縛り、周囲にいる人とのコミュニケーション全般にネガティブな影響を及ぼすことになります。

そして何より、自分と自分自身との関係、つまり自己肯定感がグラグラなまま中年になってしまったわけです。

このことを私に気付かせ、自分と向き合うきっかけをくれたのは子どもです。思春期の諸々の不調。思わず、冒頭のように「神さま~」と叫んでいました。

どうしたらいいのか分からず、気づけば心理学、自己啓発、教育学、スピリチュアルなどの本を貪り読んでいました。本には「自分を大切にしましょう」、「自己受容をしましょう」、「自己肯定感が大切」と書いてあったりします。

始めは一番大きかった子どもの問題。深掘りしていくと、なんと私自身の問題にたどり着いたのです。結構、衝撃的でした。

ここでしっかりと自分と向き合わなければと感じました。その中で一番最初に浮かび上がってきたのが「本当に我慢は美徳なのか?」という問いです。

人は我慢を続けていると、それに慣れてしまい辛さを感じなくなるらしいです。

自分の感情をないがしろにしていると、本当の気持ちに鈍感になり、プラスの感情も感じにくくなります。周りの人との関係性をも歪ませてしまします。

そう、私も完全に「自分の事が分からない人」になっていました。大人なので適度な我慢は社会で生活している以上、必要な事です。しかし些細な我慢が日常茶飯事になり「本当はこっちを良いけど、他の人はそっちが良いっていうからそれにしよう」とか、「本当はスタバのフラペチーノ飲みたいけど、高いからやめておこう」とか、無意識にこれを続けていたら大変なことになりました。

こじらせた私は、自分は何がしたいのか、何を着たいのか、何が欲しいのか本当に分からなくなってしまったのです。買い物に行くのが一時期しんどく感じることもありました。なぜなら自分のものが、自分で選べないんです。

子供が小さい頃に読み聞かせをしていた「魔女の宅急便」に、しっぽを失って「心と体の中心点行方不明病」になってしまったカバのマルコさんの話がありました。

自分軸がない私としっぽを失くしたカバのマルコさんが妙に重なりました。そして気付いたんです。私も「心と体の中心点行方不明病」だって。

3.自分と自分の関係を良くしたい。

~愛の自給自足~


さて、ミドルエイジ・クライシスで発覚した「心と体の中心点行方不明病」をどう治すかが私の大きな課題になりました。ツラ過ぎて、ここで立ち止まっていられません。自分軸がなく主体性がない私ですら、動かずにはいられませんでした。

本当に心の底から「今までと同じでは、この先無理。変わりたい。もっと楽に軽やかに生きたい。」と本気で、本気で、そう強く感じました。

そんな時、セルフコンパッションの本を読み、そのエッセンスを取り入れてみようと思いました。

セルフコンパッションとはありのままの自分を受け入れ、良いとか悪いとかジャッジせず、親友を思いやるように自分に思いやりを向けること。

例えばあなたの大切な友達が何か失敗した場合、あなたはなんと声を掛けますか?きっと、「辛かったよね。大丈夫だよ。次もあるよ。」と共感を持って優しい言葉を掛けますよね。

ネガティブな気持ちを押し込めるのではなく、我慢もせず、自分に優しくすることで自己受容が深まり、心の平穏が保てるようになるというセルフコンパッションは私にとって、願ったり叶ったり。

しかも、自分で自分に優しくすることで心のエネルギーを得られるって、愛の自供自足ってことね!なんてサスティナブル!

4.気持ちを書き出すこと。 

~トリガーノート~


我慢体質の人は、ネガティブ感情を心にしまい込んでいます。それをキレイにする方法を知らないと、いつか爆発します。いろいろな本に、気持ちを書き出すことで頭の中をキレイにする方法が書かれています。

これまで私は、いろいろな書き出し法を試してみました。その中で今、気に入っているのは、自分なりに考えた「トリガーノート」。(トリガーとは、もともと銃などの引き金の意味で、物事を引き起こすきっかけになることを示します。ネガティブな感情のきっかけを書き出すので、「トリガーノート」と私が勝手に命名しました)。

やり方は、ペンとノートを用意します。自分がネガティブに感じた事、きっかけなどを見開き片側1ページに書きます。

もう片方の空いているページに相談事をされた親友目線で、自分のネガティブなコメントに共感をもって返事を書くイメージです。セルフコンパッションをフルに表現します。

5.書き出すことを続けていたら。


トリガーノートを続けていたら自分の思考のクセが分かってきます。同じ問題で悩んだときは、友達目線の自分からのメッセージを読み返します。これを繰り返していくと、ネガティブな書き込みが減ってくるのです!

問題だと思っていたことが成仏するかのように消えていったりします。本当に不思議です。

書くことによっていろいろな悩みを手放せるようになると、頭にスペースができます。すると、新しい事をしてみたくなります。そう、キレイに断捨離した部屋にお花を飾りたくなるような!

ここまでくると「神さま~」と叫ばなくなっている自分がいました。そして一歩踏み出してみようという意欲もでてきて、行動範囲が広がりました。今までになかった新しい人との繋がりが楽しいと思えるようになりました。もう一度、社会に自分の居場所を見つけようと現在活動中です。

一番大きかった子どもの問題も、私なりの解決に向かっています。子ども自身も元気を取り戻し、少しずつ活動的になってきました。

6.さいごに。


私のミドルエイジ・クライシスはまだ続いています。表面的な問題は何も変化していないかもしれません。しかし、確実に変わったのは自分の考え方、物事の捉え方です。これが変わるだけで、かなり楽になりました。

自分に必要以上の我慢をさせず、セルフコンパッションの考え方を取り入れながら、トリガーノートを書くことで心が強くしなやかになってきました。自分軸も育ってきた感じがします。

大きな波にただ飲み込まれると溺れてしまうかもしれないけど、サーフボードで波を乗りこなせば楽しむことだってできます。不安の波も同じ。自分に合ったツールを見つけて、不安の波を乗りこなせばいいんです。

もし、今あなたの心が絡まった糸のようにこんがらがってしまっていたら、ちょっとだけ試してみてほしいです。

トリガーノートは誰にも見せません。
思っていることを書き出して、思いっきり自分に優しく寄り添ってみてください。自分に優しくすることで、心がぽかぽかしてきます。

そして、目指すはウェルビーイングな生き方。心身ともに健康で社会的にも満たされるためには、やはりまず最初は自分自身の心が満たされることが必須です。セルフコンパッションで愛を自給自足し、どんどんエネルギーを循環させていきましょう。

自分に優しくすることは甘えやわがままではありません。悩むことも悪いわけではありません。ありのままの自分を受け入れること、そのために慣れ親しんだ思考を手放すことは勇気がいります。いろいろなツールを試行錯誤しながら、一緒にウェルビーイングな生活を手に入れませんか?





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