夫が妊娠した夢の話
「俺、妊娠した夢を見たんだ」
いつもの騒がしい朝食の合間に、夫がボソッと言った。
夫は眠りが浅いタイプで、毎日の様に夢をみる。その夢の多くは鮮明だから、頻繁に私にその内容を話してくれる。ただ、「誰かに命を狙われて、必死に逃げた」という王道モノや、「電車に自転車を持ち込もうとして、解体できずに焦った。」とか、「ガソリンスタンドでバイトしているのに、何故か自転車を組み立てていて、それが全然うまくできなかった。」とか、何かと困ったシチュエーションが多い。仕事でも夢の中でもストレスだらけで大変だなぁ。だから、私は彼の夢の話に関しては、仕事の愚痴と同様にキチンと聞くことにしている。今回も「聞き逃してはならない。」と視線を子供から夫に移して、「私、聞いてますよ」と合図を送り、いつもと状況が異なる夢の話にワクワクした。
彼はちょっと恥ずかしそうに、
「まだ胎動が判らない、初期だったからさ、妊娠を忘れて走っちゃったりして、あ、大丈夫だったかな?って心配したよ。」
「妊娠した時はさ、ええ、どうしよっかなぁって感じだった。夢の中だとその状況を受け入れちゃうんだよね。」
「で、早く無痛分娩の予約しなきゃって思った。」
残念ながら、妊娠の初期の段階で夢は終わってしまったが、私が予想してたよりもずっと現実的な内容だった。「早く、無痛分娩予約しなきゃ」なんて、心配性の彼らしい。
その後、彼の職場にそろそろ産休に入る方がいる事を教えてくれた。最近その事が公になり、彼は「やっぱりそうか。」と思ったと同時に、妊娠してるだろうなと思っていたけど、(直接)聞けないよね。とちょっと残念そうに語ってくれた。多分、彼は出産にまつわる事や、これから始まるであろう、育児の話を彼女と共有したかったのだと思う。
そうしてるうちに、私たちの会話から、これは赤ちゃんの話だな?と察した息子が、「同じクラスの子に赤ちゃんが産まれたよ。名前はまだなんだって!」と割り込んできて、夫の妊娠の夢の話は終了となった。
彼の話を聞いて、「男の人も妊娠する夢を見たりすのか」という驚きと共に、やっぱり彼らしいなとも思った。彼は、育休を取らずに仕事復帰した私と入れ替わり、子供たちが保育園に入るまでの間、育児と家事の大部分を引き受けてくれたのだ。
私は、妊娠体験を夫婦で共有できるなんて素敵だなと思った。と同時に、彼の夢の中に「私」が存在していたのかどうかについて、すっかり聞くのを忘れていた。でも、それで良かったと思う。さっさと仕事に復帰した私が、夢の中であっても彼がしてくれた様に行動している自信はない。
彼から「夢の続きを見た」話を聞いたことがないから、今回の妊娠の夢も続きないだろう。でも、万が一が起こるかもしれない。だから私は念を送っておく。「せめて夢の中の私は、彼の妊娠中も、出産後も、ちゃんと役に立てます様に」と。
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