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簡単に思えることこそ難しい

 レガートが一番難しい

そんな話をダンサーとした思い出がある。彼女は専門学校でミュージカルを学んだ後、アメリカにダンス留学をしてモダンダンスのグラハムメソッドを習得し、帰国したダンサーだった。


 レガートが一番難しい

私が一番最初についた先生の声種はアルトだった。
アルトは女性の中で低い音域を担うパートで、声も太く低い。オペラで演じるのは母親やおばあさんに魔女。先生に歌唱に憧れていた私は自分の声も「太くて低い」もんだと思い込んでいた。むしろそれに寄せるために今思えばずいぶん力んでうたっていたように思う。

ところが現実は全く違った。

大学に入ってから、いや、入学する前に夏期講習(音大には夏と冬に大学の先生から直接レッスンを受けたり、楽典やソルフェージュの授業を受けられる講習会がある)で出会った先生にこう言われた。

「あなたの声は軽い」

真逆じゃん。
私の声は高音を煌めかせて16分音符が連なったパッセージをコロコロ転がすのに向いた、ソプラノの中でも軽い声の”レッジェーロ”だった。

例えばこういうのだ。

リゴレット

 ドレミ楽譜出版社 イタリア・オペラ・アリア名曲集 ソプラノ2 改訂版
  慕わしい人の名は 「リゴレット」より

もう見た目からして難しい。実際難しかったし、オペラアリアの勉強を始めたばかりのときは、うたい終わるころには息も絶え絶えになっていた。それでも訓練をしていくにつれ、どうやったら歌えるのか要領もつかめてきた。

音がつまっているフレーズはその音を出せればなんとなく形になる。作曲家が音符で”音楽”つくってくれているからだ。もちろん音を出すには技術が必要だけれど。


逆に音が少ないゆったりとした曲。例えばこんな風にレガートで音を繋ぐフレーズ。

notte レスピーギ

音楽之友社 最新イタリア歌曲集 V レスピーギ歌曲集
夜(「六つの抒情詩 第2集」より) Notte

見た目はこちらの方が優しそうだ。それでも、音と音の間を自分で埋めないと”音楽”にならない。どうやって初めの音を出すのか、強さは、速さは、音符と音符の間は、言葉の乗せ方はつなぎ方は、最後の音どうやって切るのか、音符で埋められていない部分を私が埋めなければならない。

 レガートが一番難しい

音と音を繋ぐ、ただそれだけなのに、こんなにも難しく奥の深いものがあるだろうか。ただ音を出すだけなら誰でもできるから、意識しなければなんとなく過ぎ去ってしまう。


グラハムメソッドには両手を広げて、また閉じるという動きがあるそうだ。私にもできるこの動き。この動きは全ての基本で、なおかつ一番難しいとダンサーの彼女は語っていた。
単純な動きだからこそ隅々まで神経を使わなくてはいけない。そうしないと美しくならない。始まりと終わりを自分でどうやって繋ぐのか。

レガートと一緒だ。
私にも彼女の言っている意味がわかるような気がした。


音と音をつなぐ。
両手を広げてまた閉じる。

とても簡単なことに思える。そこにどれだけのものをのせられるのか。
簡単に思えることこそ、一番難しい。


***

似たようなことを以前書いた。

マリエッラ・デヴィーアのレガートは、私の理想そのものだった。
険しい道のりだけれども、いつかそこに近づけたらいいな。

今日も当たり前の幸せに感謝を。

音楽に感謝を。

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