涙が枯れたらしゃがむんだよ
なあチビ、人は悲しいときどうする?
ーーー泣きます。
そうだな泣くよな。
じゃあ、泣いて泣いて、涙が枯れたらどうすると思う?
ーーーわかりません…。
涙が枯れたらな、しゃがむんだよ。
しゃがんだら立ち上がるしかないんだよ。
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今日は小林幸子のアコーステックライブがニコニコ生放送で無料配信される日だ。
と同時に、小林幸子と松岡充(ex SOPHIA、MICHAEL)が組んだユニット”シロクマ”が、ニコニコネット超会議のテーマソング『しろくろましろ』を初披露する日でもある。
この『しろくろましろ』は「この人なら私の才能を引き出してくれそうだ」と小林たっての希望で松岡が作詞作曲したそうだ。
制作にあたって松岡は小林にインタビューを敢行した。その時間なんと5時間!(酒も入れずに)
私の歌ができちゃったんです
自分の想いを歌うのはこれが初めて
Barksのインタビュー記事で小林はそう語っていた。
この曲をきいて一番初めに思ったのは「古賀先生出てきてんじゃん」だった。
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古賀 政男(こが まさお、1904年11月18日 - 1978年7月25日)は、昭和期の代表的作曲家であり、ギタリスト。国民栄誉賞受賞者。栄典は従四位、勲三等瑞宝章、紫綬褒章。明治大学商学部(旧制)卒業。本名は古賀正男(読み同じ)。
昭和期を代表する国民的作曲家としての地位を確立し、数多くの流行歌をヒットさせた。その生涯で制作した楽曲は5000曲ともいわれ、「古賀メロディー」として親しまれている。Wikipediaより
古賀先生は小林幸子の師匠。
当時9歳でTBS 歌まね読本 のグランドチャンピオンとなった小林幸子をスカウトしたのが審査委員長の古賀先生だった。
レッスンにきていた小林に、あるときふっと伝えたのが冒頭の言葉だったそうだ。
この話については小林幸子の口から語られることが多かったから、私の頭にも刷り込まれていた。
10歳の子どもだったから”しゃがむ”意味がわからなかった、でもうたい続けていく中で先生の言っていたことがわかったと、そう言っていた。
古賀先生は7歳のとき父親を亡くし、兄がいる朝鮮に渡って少年期を過ごしたそうだ。
故郷から遠く離れた地で先生は何度しゃがんだんだろう。
先生の生き様から生まれた言葉が、小林幸子の血肉となり売れなかった辛い時代を支えた。
そして今、小林幸子の言葉として数多の人に届けられようとしている。
この世からいなくなっても、先生の経験は今生きている誰かを勇気づけるのかもしれない。
私たちが必死こいて生きている今も、私たちが消え去った後に誰かの背中を押す小さなきっかけになれるのかもしれない。
そう思ったら今ここで生きてることも、なんか素晴らしいことに思えてきた。
今日は2019年12月以来初めて、幸子さまのパフォーマンスを見る日。
そこにステージがあることに感謝を。
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