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オオカミと狼伝説 【その3】 イタリアの村にて

文:ウィリアム・J・ロング(1867~1952年、アメリカ北東部で野生動物を観察して、多くの作品を書いた作家)


ヨーロッパオオカミは、オオカミをよく知る者が見れば、アメリカ北部のシンリンオオカミと基本的に同じだ。しかし臆病なところは、度重なる飢餓によってもたらされたものに違いない。中でもオオカミを恐れる農家の近くに住んでいる場合には、その傾向が強い。夏の間、ヨーロッパオオカミは孤独に暮らし、ネズミや小型のシカなどで食欲を満たす。冬になるといつも空腹で、それが限界点まで来ると、農家を襲おうと生息地から降りてくる。彼らのたった一度か二度の襲撃によって、人々は恐怖に支配されるようになる。オオカミの姿を見れば、男も女も子供たちも走って逃げ、そうするとオオカミの方は大胆になり、危険にさえなる。

イタリアのある村に滞在していたとき、冬の厳しい寒さでオオカミが山から降りてきて、村人たちを恐怖に陥れたという事例を聞いたとき、オオカミが危険になることはあり得ると思った。わたしがオオカミを探しに行こうとすると、地元の人々は一人で森に行かないよう注意をしたり、やめてくれと懇願したりした。村の見張り番はみな夜には家にこもり、見張り番が単独行動するときは、たとえ銃を手にしていても、オオカミの集団と出会うのを恐れて、昼であっても森に入ったり、開けた草原を通り抜けようとはしなかった。

このような恐怖が過去の体験からくるものなのか、我々アメリカ人のオオカミへの恐怖心と同じように、想像力のなせるわざなのか、よそ者のわたしには判断しがたい。しかし、煙がもうもうと立つ場所には火災があるに違いない、と 思うのはよくあること。さらには、火災があったという証拠さえ手にする。わたしはヨーロッパオオカミが空腹で正気を失い、人間を襲い食べたという逸話を公式記録の中に見つけた。このような記録は、必然的に炉辺談話となり、何度も繰り返され、誇張され、尾ひれをつけられ、オオカミは永遠の悪者に仕立てられる。

オオカミは生来、臆病な動物だ。それなのに、たった一度の飢餓のときの悪さのせいで、獰猛だと決めつけられてしまう。人間が世界を見るときの印象は、理にかなっているというより、想像力によるものだ。それは観察から生まれるものではなく、子ども時代に聞いたお話によっている。アメリカインディアンたちが、自分の子どもに対して、自然や野生動物を平和的で友好的なものとしていつも話すのは、おそらくそのことを知っているからだ。

ヨーロッパからやって来た開拓者たちは、新大陸に恐ろしい狼話をたくさん持ち込んだ。そしてすぐにその話をシンリンオオカミに当てはめた。わたしが思うに、シンリンオオカミはヨーロッパオオカミよりパワフルだが、飢餓のときでさえ人間を食べたりしない。アメリカでもカナダでも、わたしが調べた限り、この地のオオカミが人間を殺したという確かな証拠や記録は一つもない。とはいえお話の方はそれに反している。出てくる話というのは、家に帰るのが遅れた男が、暗い森の中でオオカミの遠吠えを聞き、その獰猛な声に想像力を掻き立てられ、恐怖に囚われる。男は家に向かって猛然と走り出す。そして身の毛もよだつ、飢えたオオカミ集団に追われたという話を始めるのだ。

このような逸話はどれも、よくある空想に満ちた現れ方をする。よって空想上のオオカミ集団はいつも数が多い。20頭もの恐ろしげな影が暗い森を飛びまわっていた、あるいは焚き火の灯りに反射した緑色の目に取り囲まれた、といった。実際のオオカミ集団は、一つの家族で構成されるため小さなものだ。集団では母オオカミがリーダーだ。雄オオカミは近くにはいるが、一人で狩りをする。子オオカミと、まだ伴侶のいないすでに成長した同腹のオオカミは、母親と行動する。5〜8頭が一つの集団をつくる。獲物が十分にあるところでは(より大きな集団に導かれて)、10〜12頭が集団をつくることもある。しかしそのような大きな集団は、冬であってもめったにない。亜北極の地域では、春にたくさんのカリブーが北へ移動する、あるいは秋に南に移動するので、複数のオオカミ集団が一緒になってそれを追うことがある。しかしそのような時にも、各集団が対立することはなく、最高の肉を得て満足しているので、非常に平和的だ。

もう一つの恐ろしいオオカミ集団についての空想的な逸話は、獲物の巣を襲うとき彼らが吠えたてるというものだ。これはオオカミの際立った特徴の一つなのだが、獲物を追うときはそれが何であっても、黙って静かに追う。声をあげることと狩りとは無関係で、オオカミ同士の会話や伝達など他の場合にしか鳴かない。何であれ、追っているときに声を出して息を無駄に使うことはない。猟犬とはそこが違う。実際、オオカミの優れた能力の一つは、素早く動き音を立てないことだ。いないと思ったところから、突然現れるという芸も見せる。北の大地で典型的な姿は次のようなものだ。

あたりが暗く、空気が冷たくなり、あなたは雪の森を通りぬけ、氷の張った湖の上を、自分の残したかんじきの跡をたどって野営地に向かっている。夜が迫っている。湖が黒い影におおわれ、山から降りてくる別の影がそこで交わる。ウォーーーーン、オオカミの遠吠えを耳にするのは、正にそんなときだ。そのような状況で聞けば、それは恐ろしげな声となる。吠え立てるオオカミの集団に後を着かれ、鳴き声があたりに響き渡る。山の方から降りてくるのか、自分の背後からのものなのか。その声は遠く離れたところからのものなのだが、十分に脅威になる。歩をとめて耳を澄ませば、ゾッとする気分になる。

そこで自分の想像力に頼ると、激しく鳴くオオカミの声は大きさを増し、どんどん近づいてくる。しかし自分の耳を信用すれば、声は遠いところにあり、やがて遠のいていくはずだ。騒がしい鳴き声は、単に自己主張しているだけ、何かに反応して鳴く犬と同じだ。オオカミたちの居場所に目処をつけ、再び野営地に足を向ければ、冬の夕闇がさらに濃くなっていることに気づくだろう。夏のビロードのような夕暮れやツグミの声、なかなか暮れない空とはかなり違ったものだ。

もう、オオカミのことはすっかり忘れている。もし何か思い出すとしても、それは明日の探索のことであり、どうやって彼らの足跡を見つけるかだ。と、そのとき、突然、そこにオオカミが現れる! あなたがオオカミは近くにいるのではと感じる前に、彼らはあなたの後ろに、前に、両脇にいる。

森は非常に見通しがよく、辺りはいちめん雪で真っ白、ウサギでさえあなたの目に止まらずに走り抜けることができない、と思われる。しかしオオカミは音もたてず、影さえ気づかせず、倒木の向こうからあなたを見ている。そこに見えるのは、彼らの目と立った耳だけだ。と、あなたの反対側の藪が揺れ、1頭のオオカミがその下を這っていく。が、あなたには姿を捉えることはできない。振り返ると、灰色のものがスッと消え去る。そして森はまた静まり返る。これが、(もしあなたが逃げたりしなければ)偶然に目にできるかもしれない、あるいは耳にできる「恐ろしげな」オオカミ集団の真の姿だ。そのとき物を知らない子オオカミが、あなたの後を追ってピョンと飛び出してくるかもしれない。

北部のシンリンオオカミというのは、とてつもなく面白い生きもので、疲れ知らずでパワフル、そして信じられないほど賢い。彼らの跡を追えば、危機と出会ったときの鋭い感覚、活力、敏捷性に驚かされ、敬服することになる。

オオカミと狼伝説【その4】 2023年4月24日公開

オオカミと狼伝説 【その1】 ミネソタの森で
オオカミと狼伝説 【その2】 アラスカの鉱山技師
オオカミと狼伝説 【その3】 イタリアの村にて
オオカミと狼伝説 【その4】 雪嵐の森で


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