[エストニアの小説] #8 ハバハンネス⓶(全10回)
ハバハンネスは怒りが抑えられなかった。しかしマルーが冷ややかな視線を送ると、ハバハンネスは口を閉じて縮こまり、起きたことの詳細を娘に話して聞かせた。
「あれはいい若もんだよ!」 マルーが熱を込めて言った。
「そうだ、いい若もんだ、そのとおり」 ハバハンネスは薄笑いを浮かべて言った。「あれこれ人の名をあげて、豪語するのが得意だ。人を震え上がらせる」
「だけどほんとは金持ちかもしれないな」とマルー。「さもなければなんで、そんな話し方をする?」
「それじゃ、あいつは金持ちなのか、そうじゃないのか?」 ハバハンネスは考える。「近頃、そういうやつはわかったもんじゃない。あいつは牛飼いみたいに見えるが、ポケットの中は泥じゃなくて金がいっぱいかもしれん。じゃなきゃ、なんであいつは俺の持ち物をあんな風に見下すのか、あのマヌケ爺のところに居座ってな。あいつはなんか持ってんだな。町に家があるとか、ちょっとした商店とか、小さな雑貨屋とかな。この春、ここを通って行った筏の丸太は、あいつのものだったんだ。若者たちが先に行って、最後の筏に年配のやつらが続いただろう? そういうことなんだ。だからこの春は、筏乗りたちがここに寄っていかなかった。風みたいに行ってしまったんだ」
そしてハバハンネスは自分があの筏乗りに偉そうにして見下したことを、取り返しがつかないことをしたと感じた。娘がここまでこだわっているのが、よくわかった。諦めようとしないのだから。ハバハンネスはあの筏乗りと仲直りしなくては。あいつをここに来させなくては、そうすればマルーはあいつに会える、一緒にここでいられる、自分を放っておいてだ。それでハバハンネスはいっときも無駄にしないことにした。帽子を手に家から出ていく。
「もう一回、あいつと話してみるかな」と心を入れ替えたように言った。「今度こそ、あいつはここに来るだろうよ」
「ていねいに頼むんだよ。あいつを喜ばせてね」 マルーが父親の背に向かって言う。
さて、ハバハンネスは帽子をとると、にっこりと笑い、筏乗りにあいさつをし、さっき落としていった芝の上のパイプを探し、親しげに話しかけ、あんなに怒らなくてもいいだろう、たいしたことじゃないんだから、と言った。
そして「このあたりの習慣なんだ」と弁解する。「知らないやつが来たら、ちょっと侮辱してみるんだ、それでどうなるか見るわけだ。恨みを抱いたり、悪く思ったりすることはないんだ」
それで二人はあれやこれやを話しはじめる。そして最後にハバハンネスが、家に来ないかと誘うと、ニペルナーティは反対はしなかった。仲睦まじげに並んで、ハバハンネスの農場まで歩いていった。家ではマルーが物入れや衣装戸棚をあけて、その前で待っていた。
夕方になって、ニペルナーティがクディシームの家に戻るとき、大きな包みを手にし、若い雌牛をロープで引いてきた。ニペルナーティは納屋に雌牛を連れていき、芝の上で包みを開いた。
「ロキ、ロキ」 ニペルナーティは陽気な声でロキを呼んだ。「すぐにおいで。来て見てごらんよ、ハバハンネスのグラバーが何をくれたか。真新しいスカートが三つ、若い雌牛は父さんに。いいグラバーだ、クソびっくりだ! 車輪みたいな頭に大きな赤い目をして地面を揺らし、埃を舞い上げて、強い力で押しまくってくるのは誰かと思ったよ。どうだい? グラバーだよ!」
ロキは雌牛の方へ、スカートの方へと走ってくる。その目はキラキラ輝き、ほおは驚きと喜びで赤くなっている。
「ほんとに、グラバーなの?」 ロキが疑わしそうに訊く。「本物なの、ほんとうのグラバーなの、悪ふざけじゃないの?」
二人は小さな子どものようにそのへんを飛びまわった。クディシームだけが頭を振り、半信半疑で雌牛を見ている。そしてひとりごとをつぶやく。「悪いことが起きそうだ。悪いことが本当に起きるぞ」
'The Raftsman' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation ©: Kazue Daikoku