⑥訃報の知らせ方
亡くなった日からお通夜まで中1日あるので時間的に余裕はある。なんならちょっとありすぎるくらいある。
お坊様(以下おっさま)は昨日も今日も枕経をしにきてくれる。葬儀屋の万太郎曰くなかなかないことらしい。
父のいる部屋は冷房を16度にして、万太郎もドライアイスを替えに来てくれた。
万太郎がきたときに、まとめておいた質問をする。はじめて親を送るのだ、わからないことだらけ。
新聞の訃報欄にも無事に掲載されていた。実家にいるときは毎日チェックしていたその欄に父が載るなんてなんだか変な感じがした。
田舎ならではだと思うが、自治会の訃報のお知らせも町内の各戸に回覧板でまわる。
いちいち知らせなくていいのは助かる。
新聞や訃報のお知らせを見た方からちょこちょこ電話が来たり、訪問があったりした。
父が元気な頃によく母とランチを食べに行っていた食事処の女将さんも来てくれた。父がいつも注文していた鰻とおそばのセットをお弁当にしてきてくれて、フィクサーとして、これをお棺に入れよう、と決意した。
母と弟に話をして、おっさまと万太郎に相談してみよう、ということになった。
母は父が大好きだった大相撲の取り組み表の新聞記事をお棺にいれたい、と用意していた。折しもこの日が九月場所の初日だった。
あーお父さん、お相撲ぎりぎりまにあわなかったねー。常にメソメソしているわけではないのだが時々涙がでた。