駆除された野生動物をえさにしたらライオンは大興奮!
動物園の環境エンリッチメントのこと、知っていますか? 動物福祉に配慮して、飼育動物の「幸せな暮らし」をめざす取り組みです。動物園経営になくてはならないものになりつつあります。
具体的にどんなことなのか、第一線で活躍している飼育員さんの講演をまとめました。1回目は「エンリッチメント大賞2019」で大賞インパクト賞を受賞した、福岡県大牟田市動物園の伴和幸さんの受賞講演です。
日本で有害駆除されている野生動物の屠体をライオンなどのごはんとして与える取り組みです。伴さんは飼育員として活躍するかたわら、この企画を実現するための団体を立ち上げ、理事もつとめています。
屠体給餌とはどんな取り組みなのでしょう。まずは福山市立動物園のツイートをご覧ください。その後に受賞講演をどうぞ!
Wild meǽt Zoo~駆除された動物を動物園のご馳走に~(大牟田市動物園)
福岡県大牟田市動物園の飼育員、伴和幸と申します。「Wild meǽt Zoo(ワイルドミートズー)」という団体で理事をしています。
野生の大型のネコ科動物は、狩りに出て、獲物を見つけ、忍び寄ります。動物を襲い、上手くいけば捕まえることができて、皮を剥いだり骨をよけたりして、やっとお肉が口に入ります。
肉を取りこむためのいろんな行動が必要になり、時間もたくさんかかります。長い年月をかけてこうした行動、体のつくりを手に入れてきました。
(2019年12月に東京大学で行われた受賞講演で熱く語る伴さん)
では動物園ではどうしているのでしょうか。
大牟田市動物園のえさは主にニワトリ、馬肉です。どちらも筋肉の塊です。羽もない状態です。サプリメントをプラスすることで、栄養上は問題ありません。
でも、本来の「食べる」行動は発現しません。栄養は満たすことができても、行動は満たせない。心理的にも、身体的にも幸福な状況と言えません。
私はなんとか、もう少しいい食生活ができないかなと思い、肉を隠すことなどをやってきましたが、本来の行動とは全然違います。
そこで思い出したのが、海外の論文で紹介されていた「屠体給餌(とたいきゅうじ)」です。
死んだ動物をできるだけ加工せず、まるごとに近い状態で、飼育動物に与えることです。
アメリカのオレゴン動物園で子牛の屠体をカリフォルニアコンドルに、オークランド動物園でシカをオオカミに与えていました。論文では採食行動の時間が伸びた、異常行動が減少したと紹介されていました。
「これいいじゃん」
肉屋さんや肉の卸売り業社さんに屠体が丸ごと手に入らないか聞きました。すると、
「無理」
という返事でした。なぜかというと、日本の肉の流通上、加工の途中で販売するのは難しいためでした。
話が変わって獣害問題です。
大牟田市でもイノシシが畑を荒らしています。農業被害は、シカとイノシシだけで年間で100億円を超えています。
生態系への被害も深刻です。シカが増えすぎることで下草を食べつくし、そこに暮らす昆虫などへの影響が深刻です。希少な植物の絶滅も心配されています。
年間で110万頭以上捕獲されています。やむをえない状況とはいえ、殺されることは悲しいことです。しかもそのほとんどは捨てられています。
特に小さな命は、さばいても肉がほとんどとれないため、捨てられやすいです。
いろんな理由があります。でも、命ですから、殺して捨てられる数は減らしてあげたい。
ライオンの飼育の問題と駆除されるイノシシとシカの害獣問題を組み合わせて、動物園のライオンに駆除された動物をあげたらいいのではないか。
非常に繊細で、いろいろ突破しないといけない問題があります。感染症の問題も、お客さんがどう思うかもという問題もあります。一担当者では限界がありました。
そこで、ワイルドミートズーという団体を立ち上げました。
大学の先生、ジビエの事業者、科学コミュニケーター、鳥獣問題に取り組んでいる行政関係者など、さまざまな方がいます。ミートは「出会う」と「肉」の二つの意味です。お肉を通して野生と動物園が出会うことを目指しています。
突破しなければならない問題。まずは感染症対策です。
駆除されたシカやイノシシを、ライオンに「はいどうぞ」と与えればいいわけではないです。例えば、銃弾による鉛中毒(*)です。(鉛の毒により人体に麻痺や腹痛、脳障害などを引き起こす。野生動物の間でも問題になっている)
寄生虫や細菌、ウイルスは、ライオンだけでなく飼育員も危険です。シカたちがどんな生活をして、何を食べていたかもわかりません。
どうすればいいか、処理の加工フローを検討しました。
まずは、わなで捕えられた動物だけを使うことにして、銃弾によるリスクを減らします。食肉処理場でちゃんと洗浄して、加工します。
感染症のリスクが高い内臓と頭だけを取り除いて、低温加熱をします。中心温度が63度で30分以上、加熱します。なぜ低温なのか。75度を超えてくると、たんぱく質が変性して、毛皮とかが抜けてしまうんですね。
できるだけ生の状態であげたいので、衛生的かつナチュラルな状態に近い、そして厚生労働省の基準に沿って作業することで、ウイルスや細菌の感染症を防ぎます。私たち飼育員も安全です。
シカの屠体をライオンに初めてあげた時のことです。
ライオンは興奮しました。
意外とすぐには食べないで、運んだり、べろべろとなめたり。3時間くらい食べませんでしたが、最終的には骨まで全部食べました。
トラにもあげました。行ったり来たりの常同行動をしているか、寝ているかで、普段はあまり活動的ではないトラです。
それが、屠体を食べているときに勢いよくジャンプをしました。
こんな姿は初めて見ました。
なめたり、奥歯を使ってよくかんだりして、全部食べました。
2017年からこれまでに計23回の屠体給餌を行っています。お客さんに目的をちゃんと説明してからやることで、教育的な効果も期待しています。
エンリッチメントになっているのかどうかも、非常に重要なことです。
研究をしたくても、録画するカメラもお金もありません。そこで「京都大学野生動物研究センター共同利用・共同研究」の助成を受け、監視カメラや屠体の購入などの研究資金にしました。
研究では、屠体給餌と通常給餌を比較しました。
対象はトラとアムールヒョウ各1個体です。給餌から12時間を観察し、5分毎に行動を記録する方法で行動の割合を、採食時間、採食時間を記録しました。屠体を与えて、1週間後に屠体と同量の通常給餌、これを1セットとします。
まだ調査の途中ですが、トラの2セット分の結果をお見せします。
行動の割合の結果です。1セット目の8月に3.8㎏の屠体と通常の給餌を行い比較しています。両者とも休息が70~80%を占め、明確な違いは見られませんでした。
次に採食時間です。1セット目は、屠体給餌が59分に対して、通常給餌12分と、明らかに屠体給餌が長くなりました。しかし、2セット目は、屠体給餌がたったの3分でした。
実は、屠体をビデオの死角に運んでしまい、しっかりと採食時間を測定できなかったのです。本当はもっと長時間採食していたものと思われます。
屠体給餌の来園者への影響について、九州大学持続可能な社会のための決断科学センターの御田先生が中心となってアンケート調査をしました。グラフは105名の来園者の回答比率です。残酷だと感じた人は8%でした。
大事なお金の話もします。
駆除された動物は、年間100万頭くらいは捨てられています。
じゃあ「ただじゃん?」と思われるかもしれませんが、全くの誤解です。
供給が不安定で、いつとれるかもわからないんですよね。解体処理は重労働で、危ない仕事です。つるし上げて刃物でさばきます。処理されている方は心理的負担も大きいです。
その結果、私たちが使っている屠体は1キロあたり、1700円以上かかっています。
高いです。大牟田市動物園で使っている鶏肉の10倍以上です。
すべてのえさを屠体に変えるのは、現実的ではありません。
ただ、1キロ1700円が高いかというと、個人的にはそうは思いません。大変な作業に対してしっかりとお金を払わないと、事業者はいなくなってしまいます。
最近は屠体プレゼント募金も始めました。一口1万3000円ですから、ぜひ募金してください。東京から大牟田までの片道の移動費にもなりませんよ(笑)。
最終的な目標は、「大牟田で成功させましょう」ではないです。
全国で起きている駆除の問題を各地の動物園で課題を解決していきましょう、と考えています。屠体給餌は京都市動物園、九十九島動植物園森きらら(長崎)、豊橋総合動植物公園(愛知)などに広がっています。
さらに広げるには、マニュアルが必要と考えています。どういうふうに捕獲されたものか、給餌、観察、効果測定、アンケ―ト方法などをまとめていきます。
屠体給餌は、動物福祉に関しては、採食時間の増加、行動レパートリーの増加に効果がありそうです。お客さんの娯楽の面でも、いきいきとした展示に結びついています。獣害問題や生態系の被害にも関われます。
研究としては、動物そのものの行動、お客さんの感想、来園者への教育と、動物園の役割とワイルドミートズーの役割はマッチしていると考えています。
ワイルドミートズーの活動により、動物園が人と動物の共生を考えるよりよい場になっていくんじゃないかなと思っています。
ありがとうございました。
(2019年12月に東京大学で行われた「エンリッチメント大賞2019」受賞者講演会の記録を編集し、追加取材してまとめました。スライドは伴さん提供によるものです)