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トナカイの「幸せ」を追求して見つけたこと

動物の幸せな暮らしをめざす飼育について、第一線で活躍する飼育員さんの話を紹介します。2回目は「エンリッチメント大賞2019」の最高賞を受賞した、秋田市大森山動物園の柴田典弘さんの講演をやさしくまとめました。

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会場(東京大学弥生講堂 一条ホール)が本当に満員になると思いませんでした。感謝を申し上げます。思いを伝えたい方がたくさんいます。
 
2013年に始まったトナカイ飼育の6年間の取り組みの話です。飼育の目的は「順調な繁殖と寿命の延伸」です。

まずは歯の摩耗対策です。


トナカイの担当になり、すぐ食べ方に違和感を覚えました。犬のように慌ただしく、反芻草食動物の食べ方ではないことに気が付きました。トナカイの歯を見ると、シカとは構造が違い、噛む力は強くありませんでした。
 
それがシカの仲間の動物なので、シカのように飼育管理をされていました。だから、寿命まで生きることができませんした。

磨耗している歯の対策が必要と考えました。

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トナカイは北極の周辺でコケ類を食べて暮らす動物です。そこで動物園でハナゴケを栽培することにしました。育つわけないと、うすうす感じていました。


でも、無駄だと思ったときに私たちは終わります。


トナカイが本来食べるコケを与えたい。育てることができるのか、試してみたかった。

コケを販売する業者さんから「増やすなんて無理」と言われ、栽培経験がある研究者からは「湿度と温度と日照の管理ができない場所では不可能」と言われました。

多少ムキになって栽培しましたが、結局、維持はできても、増やせませんでした。

しかも残念なことがありました。


トナカイにハナゴケを与えても食べませんでした。


おいしいものを与えたかったのですが、嗜好性は高くないことに気付きました。

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(東京大学の弥生講堂一条でスーツ姿で熱く語った柴田さん)

仕方なく動物園飼料の追求に入りました。トナカイはやわらかい葉を好みます。イネ科の牧草をやめて、マメ科のルーサン牧草の質を徹底しました。

葉が形のまま残っているルーサン牧草は、入手が困難です。輸入業者と交渉をしつこく重ねて、葉がついた最高品質のものをたくさん用意してもらいました。
 
次にペレット(人工の飼料)です。トナカイの歯は、丈夫ではありません。固いえさだと、歯の磨耗だけでなく、飲み込みにくいという問題点もありました。それなのに、トナカイ用のペレットがありません。追い込まれました。

探しました。咀嚼しても決して歯が摩耗しない柔らかさを求めました。同じ水辺にすみ、基本的に草食である水鳥とかけ離れた飼料とは思えないという結論に至りました。

トナカイは水鳥用のペレットを食べました。今でもベストだとは思っていませんが、繁殖は順調で、離乳時の飼料としても成功しました。寿命も延伸しているので、今はこれがベターだと考えています。

次に、暑さとサシバエ対策です。
 

トナカイは北極圏に生息します。日本でその環境に一番近い飼育動物園は、北海道の釧路です。


それ以外は、はっきり言って「地獄」です。


飼育している責任があります。「地獄」を解消させてあげること。それが暑さとサシバエの対策です。

広い展示場での暑さ、サシバエの対策は、簡単ではありません。

暑さ対策で一番めにやったことが、濡れたタオルをトナカイにかけることです。でも、しばらくするとタオルは落ちるし、乾きます。

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ペットボトルに水を入れて凍らせて置きました。でも、溶けたものを回収して凍らせるのが大変です。暗くなってからの作業になります。
 

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直射日光があたるところを全部水で濡らしました。温度が最大で4度下がりました。

トナカイは自らすずしいところにやってくるようになりました。トナカイの自発的な動きはポイントです。

子ども用のプールも買いました。ここで排尿するたびに、四肢が冷却されます。

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日陰をつくるために木を育てました。園内の樹木を選定する人に、「すいません、トナカイだけ切らないでください。そうじは私がやります。迷惑はかけませんので」と伝えました。

4年間でトナカイ舎だけ森になりました。いまは直射日光があたる場所の方が少ないです。

首に「体温モジュール」をつけ、スマートフォンでリアルタイムで体温を確認できるようにしました。

「やらないよりかは確実にやる精神」です。これで満足したら改革は終わります。

でも、こうした対策を続けた2013年から17年は、本当に苦しかった。仕事が終わると放心状態になりました。

クールダウンで1時間かかる。トナカイを飼育するための最低レベルのことはしているが、これではだめだ。

足を骨折しました。


仲間にこれまで以上に負担がかかるようになりました。ごめんなさい。このままだとまずい。

サシバエ対策についてです。

サシバエは、血を吸うハエです。一部の人しか認識はありませんが、トナカイに集まるサシバエの数は尋常ではありません。

数百という単位のサシバエに苦しめられています。なぜこんなに集まるのか、だれも解明していません。吸血昆虫にとりつかれて、命を落とす動物だっています。

サシバエとの戦いに、防虫スプレーを試しました。自然のものから始めました。ハーブ、ハッカ油は、トナカイの圧倒的な数のサシバエには効きませんでした。

人用は30分から45分で効果がなくなり、1時間に1回ペースで噴霧を続けました。でもトナカイには夜の時間があります。夜間のサシバエ問題は解決していません。
 
トナカイは朝7時に会ったときが一番、疲弊しています。日中は私たちがケアしていますが、夜中に体温が急上昇してしまいます。


朝トナカイに会った時に「し・ば・た・さ・ん・た・す・け・て」と言われているようで、かわいそうでした。


 2017年、岩手大学の先生から、牛のサシバエ対策においてある薬剤が効果が出ているとの情報がありました。

「もうねえだろ」と、半信半疑でした。それが劇的な効果を確認しました。対象個体から、サシバエが10日間消えました。サシバエ対策の解決が見えてきました。
 
そして、暑さ対策とサシバエ対策の両方を兼ね備えるものが見つかりました。

放牧です。


自由に菜食もできます。これが「幸福な暮らし」の実現につながります。
 

「園長、池にトナカイを放牧していいですか?」

「はい、いいですよ」


とすぐに言われるわけはないです。

でも、日々の行動を見ている人は見ています。いつかは「いいですよ」になるはずです。
 
はじめは、トナカイが「本当は何を食べたいのか」を追求するための放牧でした。

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2015年に放牧してみると、自ら池に入り、泳ぎ出しました。 水に入ることは想定していませんでした。

私は一瞬固まってしまいましたが、トナカイはあまりにもスムーズに泳ぎました。 

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2015年、16年は監視下で放牧して、連れて帰る簡易放牧でした。食べるものの追求なので、採食しやすい場所に放牧していました。

トナカイが泳ぐ姿を見てからは、放す場所を少しずつ水辺の近くにしていきました。水辺に入りたそうにしていました。

そのようすを見ていた園長から、


「このまま放して(泳がせて)みれば」


と言われました。ここまでに2年かかりました。
 
トナカイは家畜動物という人もいますけど、野生動物です。17年には、親が子どもに泳ぎを教えるために、ふだんは泳がない浅いところに入りました。何の迷いもありませんでした。

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18年から完全放牧が始まりました。

放牧すれば、暑さ対策は不要です。飼育の負担も減りました。お客様サービスとして、トナカイのお散歩タイムも始めました。


きょうみなさんに伝えたいことです。
・たとえ非効率であっても、一ミリの改善を追求すべき
・できないことを、組織や誰かのせいにしない
・協調性を保ち、常に一歩前へと進む
・今までどうだったかより、今からどうすべきか
・自分にしかできない取り組みは、必ず消える
 


同じ取り組みを、誰がやっても同じようにできるものにしないと、「おれってすげえ」で終わります。評価されたら、その取り組みはやめられなくなります。評価されることは非常に重要です。
 
エンリッチメント大賞は、動物の幸せ追及する私たち飼育員の誇りであってほしいです。私にとっては、誇りの賞です。どうかみなさま、運営していくための過去最高の寄付金をお願いします。ありがとうございました。

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(2019年12月に東京大学で行われた「エンリッチメント大賞2019」受賞者講演会の記録を編集し、追加取材してまとめました。トナカイの写真はどれも柴田さん提供です)


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ハピズー
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