幸い(さきはひ) 第四章 ④
第四章 第四話
朝食の後、外気浴《がいきよく》を行い、診察が終わると、桐秋は午前の研究に入る。
研究を行う桐秋の部屋は、きちんと襖戸が開けられ、換気がしっかりと行われている。
さらに庭に面した外廊下側の襖を、千鶴の提案で下半分がガラスになっている雪見障子《ゆきみしょうじ》に取り替えたため、日当たりも抜群だ。
桐秋が研究を行っている間、千鶴は奥向きのことを済ます。
まずは洗濯。桐秋の着物は上等な物が多いので、一旦ほどき、反物状に戻して洗う。
細部までもみ洗いし、その後、洗って縮んだ着物を伸ばす「伸子張《しんしはり》」を行う。
洗った反物状の着物を染織するように長く広げ、短辺の両幅を弧状にたわんだ竹針の「伸子」で蒲鉾状に幾重にも固定し、乾かす。
手間ではあるが、この作業を行うことでぴんと布を乾燥させることができる。乾いたものは夜に着物の形に縫い直す。
大変な洗濯を済ますと次は部屋の掃除。
掃き掃除は濡れた古新聞を室内に散らして埃を吸着させ、静かに箒で掃く。
こうすることで空中に埃を舞い上がらせることを防ぐ。
拭き掃除はバケツの水に消毒効果のあるクレゾール石けん液を瓶の蓋一杯分ほど入れ、それにつけた雑巾を使用する。
午前中は桐秋が自室で研究を行っているため、付近の掃除は控え、午後から桐秋に研究場所を移して貰い、桐秋の部屋周辺の掃除を行う。
そうして午前の掃除が終わると、昼食の準備に取りかかる。
今日の献立は、鶏団子の甘酢あんかけに、高野豆腐と野菜の煮付け、わさび菜の醤油漬けに、リンゴ入りきんとんである。
鶏団子は豆腐を混ぜてふわふわの触感にし、あんかけで喉のとおりをよくした。高野豆腐もだしをしっかりととり、鶏団子をゆでた汁を少し加えることで、薄味ながらも、噛みしめたときにうま味が口いっぱいに感じとれるようにと工夫した。
昼も桐秋と一緒に食べるので、どれも倍の量を作らなければならない。
大した手間ではないが、手間は手間。
されどその手間に朝の出来事を思い出し、千鶴は心がふわりと温かくなるのを感じるのだった。
支度が整った頃、ちょうど正午を告げる午砲《ごほう》が鳴る。それを合図にして千鶴は桐秋に昼食の声をかけた。