見出し画像

世代などまったく関係なく、とにかく泣けた『極悪女王』。プロレス知識ゼロの心を熱くした血みどろ青春活劇

こんにちはライターの半澤則吉といいます。
これまでnoteでは朝ドラの記事などを書いてきましたが、せっかくなのでドラマ全般なんでも書いていこうと思います。ということで『極悪女王』

先月、Netflix『極悪女王』を見た、一回り上の世代の編集者の方が「一気見してしまいました、素晴らしかったです」とおっしゃっていて、そうなの?と驚きました。僕は『地面師たち』直後にたまたま見始めたというタイミングで、「まだ1話までしか見てないんですよ」と返したら、彼に「よく1話で止められましたね」とびっくりされました。その編集者はプロレスに詳しく80年代女子プロもリアタイで見ていたようで、かなり熱っぽく語ってくれましたが、83年生まれの僕はちょっと、きょとんとしてしまいました。

多くの記事などでキャストや、スタッフが話題となっていることも当然知っていましたが、第2話を見るまでだいぶ日が空いてしまいました。が、第5話までを2日間で一気見。あのとき、編集者が熱く語っていた意味が心底わかりました。

整理された脚本が『極悪女王』を傑作にした

『極悪女王』の素晴らしさ……と書き始めてしまうとどうしても、当然役者の皆さんががスゴかったね、と語りたくなります。これに関してはすでに多くの方が語っていることでしょうし、本稿は別のことを書きたいと思います。

僕がまず一番感じたのは脚本、ストーリーを「整理」する力でした。もっというと潔さ。全5話というのはとんでもなく良い構成だったのではないでしょうか。ちなみに『サンクチュアリ 聖域』全8話、『忍びの家』全8話、『地面師たち』全7話。近年のNetflixのヒット作と比べてもこれは短いです。

各話の構成をざっくり振り返りましょう。先にお伝えしておくと、僕はプロレスに詳しくないため、多少認識違いなどあるやもです。また、あらすじを深く伝えるのが目的ではないので、本当にざっくりとさせていただきます。そのあたりご了承いただけると助かります。

第1話:父五郎(野中隆光)によるDVや貧困など数多くの問題を抱える過程で育った松本香、のちのダンプ松本(ゆりやんレトリィバァ)。パン屋への就職を決めるも、スターレスラー、ジャッキー佐藤(鴨志田媛夢)に憧れを持っていた香は、自分がやりたい道に進みたいと全日本女子プロレス(全女)に入る。そして、同期の長与千種(唐田えりか)、北村智子、のちのライオネス飛鳥(剛力彩芽)、大森ゆかり(隅田杏花)らと出会い、ともに女子プロのトップを目指す

第2話:同期が続々デビューを果たす中、香はデビューできずに悶々としていた。プロモーターの阿部四郎(音尾琢磨)とともに宣伝カーに乗り、全女の宣伝に駆け回る毎日を送る。その後、苦労しながらも香はついにデビューを果たすがモンスター・リッパー(ANNA)に完敗。その裏で、長与、ライオネス飛鳥はスターへの道を駆け上がっていく

第3話:長与とライオネス飛鳥はクラッシュ・ギャルズを結成。一躍、全女の看板レスラーにのし上がる。一方、香はデビル雅美(根矢涼香)の元でクレーン・ユウ(マリーマリー えびちゃん)と共に悪役レスラーの道を進んでいく。凶器を使った反則技を連発する悪役レスラーになりきれない香だったが、あるとき後輩の中野恵子、のちのブル中野(堀桃子)の読んでいた雑誌を見て驚愕。
そこには自分の親友だと信じていた長与が、新人時代は孤独でライオネス飛鳥のおかげで孤独から救われたと書かれていた。さらに、父、五郎が香を介しクラッシュギャルズのサインを手に入れ悪用していたことが発覚。香は怒りを爆発させ姿を消す。次にリングに現れた香は、完全な悪役レスラー、ダンプ松本へと変貌していた。

第4話:全女は人気絶頂のクラッシュ・ギャルズとダンプ松本との試合を繰り返し組み、流血試合が続く。クラッシュ・ギャルズの二人はダンプ松本の狂気に怒りをあらわにしつつ、プロレスという興行と競技の合間で気持ちが噛み合わなくなっていく。ダンプ松本もデビル雅美と袂を分かち、クレーン・ユウと極悪同盟を結成、悪役レスラーの道を突き進んでいく。しかし、あまりのヒールぶりに世間からの風当たりは強く、実家には嫌がらせの手紙や落書きが。妹、広美(西本まりん)は非行少女となりダンプ松本と衝突。そんななか、トヨテレビ杯争奪オールジャパン・グランプリというトーナメントが開かれることとなり、ダンプ松本は準決勝でクレーン・ユウを撃破。決勝で戦えると信じていた長与がライオネス飛鳥に敗れ、激昂する。

第5話:ダンプ松本は長与千種との一戦を熱望し、髪切りデスマッチを開催することに。当初はダンプ松本が敗れるという「ブック」のもと、試合が進められるかに見られたがダンプ松本は約束を破り、長与を痛めつけた後に勝利、長与の髪の毛をバリカンで刈る。その後、突然引退を発表するダンプ松本。引退試合は、ダンプ松本・大森ゆかりVSクラッシュ・ギャルズの同期対決となった。敵味方、さらにはレフェリーまで入り混じる血みどろの展開のなかで、ノーコンテストとして試合が終了するも、ライオネス飛鳥の呼びかけに対して「本当のプロレスを見せてやる」と豪語するダンプ松本。元クレーン・ユウで同期の本庄がレフェリーを務め、ダンプ松本ではなく、松本香として彼女は最後のリングを迎える。

闇堕ちのカタルシス、狂気と孤独とおいしいところがたくさん

物語のなかで一番の転換点となったのは第3話でしょう。もし、今後この作品を誰かにすすめるなら、僕は必ず「第3話まで絶対見て」と言い添えます。そのくらい大事な回でした。まさに「闇堕ち」ともいえる、松本香がダンプ松本に変貌する場面が最後に用意されています。
ヴィラン、ダークヒーロー化とも言えますね。映画『JOKER』に近い狂気と、物哀しさ、切なさもまた最高でした。
が、脚本、構成力の妙を感じたのはこの後の第4話。すでにダンプ松本が悪役として名を馳せているというところに、衝撃を覚えました。もう「チェーン攻撃」、「流血試合」といったダンプ松本の代名詞が世に知れ渡っているという設定だったのです。
おこがましい仮定で恐縮だけど僕が書き手なら、必ずこの第3話と第4話の「間」を頑張って描きたくなったと思います。むしろ、「ダンプ松本のレスラーとしての成長」にこそ重点を置いて2話ほど使ってしまいたくなったかもしれません。しかし、本作のクリエイターの方々はここを潔く省略しました。そうすることで第3話での「変貌」がより大きな事件となり、第4話以降の「狂気」、「孤独」が強調されることとなりました。

こうやってみると、80年代の女子プロを描いたある意味「実録もの」「歴史もの」でありながら、全然古めかしくないんですよね。ダークヒーローへの闇堕ち、狂気、孤独といった近年のドラマや映画トレンドを見事盛り込んだ作品だったことがわかります。

短いのに濃密、そして短いから見やすい作品

全5話という少ない回数で、しっかり松本香を描く。80年代の女子プロレスの熱狂と熱気を伝える。見事にそれができていた作品だと思います。もっというと、これらの目標を達成するために、ストイックなまでに洗練された構成で、明確な目的意識が全5話のなかににじみ出ていました。これだけ脚本を研ぎ澄ますのってかなり大変なことだと感じますし、通常の3カ月クールのドラマなどでは時間の都合ではなかなか叶わないでしょう。
繰り返しますが僕は83年生まれでこの女子プロブームを知りません。もちろん、ダンプ松本さんはじめ、長与さんもライオネス飛鳥さんたちもテレビでの活躍は拝見していますが、彼女たちの現役時代を見たことはありません。また、格闘技は好きですがプロレスは深夜やっていれば、流し見する程度。「女子プロ」に関してはまったくもって知識がありませんでした。
世代も志向も全く違う僕が『極悪女王』に簡単に熱狂できたのも、語りたいことをしっかり見せ、余計なことは言わない、やりすぎない、このとても整理された構成のおかげでしょう。

血みどろの青春王道ドラマ

「整理」についてもう少し具体的にいいましょう。この作品のようにモデルがいる作品はどうしても、「あのエピソードを入れるならこれも入れなきゃ」「この人が登場するなら、この方も出さないとカドが立つ」というふうに「ノルマ」が発生するので、話が冗長になったりとっちらかることが多いように思うのですが『極悪女王』は、史実と虚構、どちらを優先させるかという綱引きを繰り返しながらも、優秀なドラマを作るという目標に徹頭徹尾、向き合い続ける、見事な脚本でした。余計なところってほとんどなかったような。
前述したように仮に僕がこれを作ってと、渡されたら第3話と第4話の間に「ダンプ松本のレスラーとしての成長」をぎっちり入れてしまっていたでしょう。そして、それこそ「余計」な要素なのだと思います。この取捨選択、整理の力に唸らせられる作品でした。
言葉にするとシンプルですが、まさに描かれているのは女子レスラーたち、そしてそれを取り巻く大人たちの青春で、世代関係なく楽しめる爽やか(血は見るものの)「青春ドラマ」の超王道なのです。第5話の最後の対戦シーンは涙が止まらず、すげーよ、すげーよとしか言えませんでした。すっかり女子プロファンの気持ちになれたし、当時のファンたちが熱狂していたのもよくわかりました。
知らない人でもわかりやすいし、かつ熱がある。と、僕もいろいろな話に熱弁するうちに、これぞ青春映画『スイングガールズ』を思い出しました。これって、『スイングガールズ』の女子プロ版のような爽快さで、しかもそれを5話尺にぶち込んだ。誤解を怖れぬなら「万人受け(血みどろだけど)する作品」でかつ顧客満足度も抜群な終わり方なのです。

また、フィクションとノンフィクションという意味では「ノンフィクション」部分のクオリティの高さも見事でした。ダンプ松本VS長与千種の髪切りデスマッチをYouTubeで見たのですが、これは実況も含め入場シーンから断髪に至るまで完コピなんですね、驚きました。当時を知るファンや、プロレス好きの方から見ると、「これこれっ」というシーンはたぶんもっと多かったはずで、玄人も楽しませるドラマだったことは間違いないのでしょう。素人の僕からみてもプロレスシーンの迫力はスゴいと感じましたし、怖くて途中から耳をふさいだり、目を閉じながら見ていました。省略するところは省略する、その逆で丹念に見せたいところは徹底してリアルに描く。演出の「整理」する力が行き届いており、要所要所の判断が素晴らしい作品でした。

以後、出演者の登壇されたイベントやインタビュー動画をちらちら拝見しましたが、もう自然と泣けてきました。オーディションから数えると4〜5年ということで、彼女たちがどれだけの時間の「青春」をこの作品にかけたのかと考えると、本当にグッときました。この作品自体もそうですが、作り手、演じ手にとっても圧倒的な青春ドラマだったのだと思います。そのような熱で作られる作品だからこそ、ここまで見る人の心を震わせたのでしょう。また、心に熱いものがほしくなったときに、必ずや一気見したい傑作です。






いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集