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恋しいて恋しいて&おいも好いとった。圧倒的方言力がブッ刺さる最強恋愛ドラマ『カーネーション』周防さん編にかなり参っています2025冬
こんにちは、朝ドラ批評家の半澤です。さっそくですが『カーネーション』が佳境です。佳境という言葉は広辞苑によると「面白い所、非常によい場面、妙所」だそう。まだまだドラマは続くのだけど、辞書の通りであれば、今、つまり周防さん編は『カーネーション』の「佳境」と言えるでしょう。『カーネーション』自体は恋愛ドラマではなく長い糸子の家族の人生を描く作品ですが、周防さん編は「最強」と言いたいほど見事な恋愛ドラマです。
糸子(尾野真千子)と周防(綾野剛)との不倫は朝ドラ史上に残るなあ、と僕は常々考えております。「常々」は決して嘘ではなく、朝ドラで素敵な恋愛シーンを見ると、ついついこの糸子ー周防と比べてしまうのです。これは今後、変動すると思うのですが、取り急ぎ僕の胸キュン朝ドラ恋愛はザッと以下。
いったん深呼吸してから、僕が好きだった朝ドラ推しカプをわーっと考えてみます
・1996年下半期『ふたりっこ』麗子(菊池麻衣子)ー黒岩政夫(伊原剛志)、香子(岩崎ひろみ)ー史郎(内野聖陽)
双子姉妹両方の恋が丁寧、切なく見事でした。当時僕は小学生にして震えたよ
・2003年下半期『てるてる家族』冬子(石原さとみ)ー和人(錦戸亮)
秋子(上野樹里)推しでしたが、冬子カップルは泣きながら応援してました
・2007年『ちりとてちん』喜代美(貫地谷しほり)ー草々(青木崇高)
傑作中の傑作。恋愛パートの上手さも沁みました。今も愛せる二人
・2016年上半期『とと姉ちゃん』常子(高畑充希)ー星野(坂口健太郎)
なにせ二回失恋してますからね常子も星野くんも!これは語っておかないと
・2019年下半期『スカーレット』喜美子(戸田恵梨香)ーはちさん(松下洸平)
「キスはいつするんやろ」は歴史的名言。そういえば、こちらも不倫ものだったw
・2020年上半期『エール』裕一(窪田正孝)ー音(二階堂ふみ)・2023年上半期
・『らんまん』万太郎(神木隆之介)ー寿恵子(浜辺美波)
2025年放送『あんぱん』『ばけばけ』と夫婦ものが増えているのは、この2作の功績が大きいと思います
・2021年下半期『カムカムエブリバディ』安子(上白石萌音)ー稔(松村北斗)、勇(村上虹郎)
両方よかったぜ!まじで
・2024年上半期『虎に翼』寅子(伊藤沙莉)ー雄三(仲野太賀)、航一(岡田将生)
両方よかったぜ!まじで
なぜ『まんぷく』は入らない? といわれると恋愛パートの切なさ辛さよりも、塩軍団や武士むすなど、総合力が圧倒的なので。では『ひよっこ』は?と問われると、恋だけでなく「がんばっぺ」に代表されるやさしい空気、セリフまわしと、全ての登場人物への愛にあふれていたから。大好きな作品は数多いけれど「恋愛パート」だけに焦点を当てるとランクインしないこともあるんですね。その一方で、上に挙げた作品を見ると、恋愛パートが素晴らしいと傑作の可能性大ともいえます。
ちなみに恋愛パートが好きな次点を挙げるとすると『ごちそうさん』『半分、青い。』『おちょやん』『おかえりモネ』か。これはまた論じたい議題です。
大好きで朝ドラトップ3に入るくらいの評価を与え続けてきた『あまちゃん』がここに入らないのは、恋愛パート「だけ」にキュンキュンしたわけではないからか。ドラマって難しいなあ。
今、上のドラマ、カップルを挙げて思ったのだけど性格があまり良くないからか「報われない」も多数ノミネートされてますね。おめでとう、ハッピーだけでなく、朝ドラ恋愛パートには切なさや、やるせなさも僕は、自然求めてしまっています(贅沢)。半年かけて人の人生を丹念に描く朝ドラならではといえるでしょう。
「周防編」という言葉が生まれる(勝手に呼んでます)ほどに周防が強すぎるぜ
さて、話を戻しますと周防さんですよ、周防さん。周防さん編、とくに91話!
初見で見たのは放送終了から何年か後で、『カーネーション』をリアタイで見られてなかったことにかなり後悔した瞬間でした。パッチ屋になれなかったり、親父に振り回されまくったり、出征した夫が浮気していたりと心揺さぶられ続ける本作ですが、間違いなく周防さん編がクライマックスでしょう。「ダネイホン開発編」「航空学校編」、「新潟編」というふうに「〇〇編」は通常、環境やエリアで括られるのが普通だと思うのですが、『カーネーション』の「周防さん編」はまさかの人名、でも、ほかに言い換える言語がない。(『カムカム』は安子編というけど、あれはまた話が違いますからね)これってありそうで、意外とないことです! (勝手に言っているんだが)そんくらいスゴいぜ周防さん。
第91話ではまさに、糸子の気持ちの昇華でした。
「うちは恋しんやな」のセリフの背景に回想が流れるのが秀逸。善ちゃん(小林薫)、幼馴染の勘助(尾上寛之)、憧れだった泰蔵兄ちゃん(須賀貴匡)、勝(駿河太郎)を思い出しながら!
あれだけ文句言い合った善ちゃん(父)に「好きでした」と素直いい、幼い頃から好きだった泰蔵、そして旦那の勝。そして、勘助が出てくる点に胸が締め付けられます。
もう少し補足しておくと、「好き」だった「異性」を回顧しているのがポイント。おばあちゃん(正路照枝)他は亡くなっているけど、ここでは語られない! 好きな男「たち」がいなくなって空いた穴を埋める存在が周防という、しびれる回想なわけです。そこからの糸子、「かなわんなあ(呟き)」「恋しいて恋しいて(ナレーション)」「人のもんやのに(呟き)」!これは、天才です。発明です。美しすぎる。
周防さんを好きになることは不倫であると、糸子が戸惑いつつも告白を決心する……。そのことを明確に伝えつつも切なさ全開。善ちゃんはちょっと置いておき、(憧れで終わった)泰蔵兄ちゃん、(もしかすると恋仲になったこともあったかもしれない幼馴染)勘助、(割と流れと勢いで結婚した)勝さん……と消化不良だった恋愛パートを踏み台にし、さてさてこれが本作の「恋パート」ですよ、とい視聴者に提示する。沁みますね!
その後、家に帰ると娘たちの「ピアノ買うて」の張り紙。不倫する女性であり母である重たさ感じる、瞬間を挟むのも本当に見事です。
そしてそして、キレイにお化粧した糸子の「好きでした」からの「おいも好いとった」! 周防さん。周防さん!周防さんよ。ああ、もう何度見ても参りますね。
狙っていても狙っていなくても素晴らしすぎる、ここぞの方言セリフ
ここでピックアップした「恋しうて」「好いとった」もどちらもザッツ方言なのですが、意味は誰でもわかる。いや、それどころか標準語ではできない、強調表現としての方言になり得ている。こりゃメチャクチャ強い感情表現なんですよね。『カーネーション』は岸和田弁が本当に上手にセリフに彩を与えているように思いますが、ここも方言がアクセントに。
「恋しくて」でも「好きでした」でも、余裕で場面が成り立つ場面ですがそれを敢えて方言にすることで、心臓にブッ刺したナイフをグリグリえぐるような致命傷を与えてきます。
方言のこんな機能まで想定して、脚本家の渡辺あやさんが書いてらっしゃったのかはわからないですが、意図していたのならスゴい!そしてもし意図なくこんな場面が書けるのならば、キャラクターやストーリーが自走する、とんでもない域に至っていたとも言え、それはそれでとんでもない話です。アスリートにもゾーンがあるように、脚本家や演出家のゾーンに入る瞬間を見た91話(とその周辺)でした。
周防編を超える作品、恋愛パートをいつか僕は見たいのです
かの村上龍氏が芥川賞の選考委員になったときに、「中上健次の『岬』を選考基準にした」というコメントを挙げてらっしゃったと記憶しています。僕はよくこれを思い出します。『岬』が基準なら、以後、芥川賞とれる作品はそう出ないのではと震えたからです(『みさき』はかなりの良作なのです)。
今、この記事を書きながらそんなことを思い出しつつ、僕は『カーネーション』周防編を朝ドラ恋愛パートのベンチマークにしているなと、気づきました。いやあ、それはハードル高すぎよ!そうそう並ぶ、超える作品は現れないでしょうが、上記したように負けず劣らず、忘れじの恋愛作品も確かにある。いつかまた「恋しいて恋しいて」「おいも好いとった」級の衝撃に胸を貫かれることを楽しみにしています。