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【入院初日の不安】
そして朝になる。
朝5時におむつ交換に回ってくるようだ。
しかし、日頃からおむつとかけ離れた生活を送っていると、おむつに出す行為がわからない。
なかなか出せない。
おしっこをしたいのに出せないのだ。
10年前ぐらいに、水深20mまで潜ってバイタルがどのように変化するか?という実験に参加したことがあった。
その時にドライスーツを着て潜ったのだけど、ドライスーツは海水が入ってこないようになっている為、念の為おむつをして潜ってねと頼まれたのを思い出した。
この時も膀胱ぱんぱんで宿に帰ってきて、トイレで楽になった記憶が蘇えった。
しかしなんてことはない。限界を超えれば出るようになる。
出たのは、お昼過ぎだったと思う。
自分の中の固定概念が壊れた瞬間だった。
それよりも便を出すことの方が難しい。トイレ事情も後ほど書きたいと思う。
朝食の時間は、7時半ぐらいだったと思う。
どうして思う?にしたかと言うと、手が使える人は、配膳されれば自分で食べられるからだ。
僕の場合、食事介助をしてもらわないと食べられないので順番待ち?
いやこれもちょっと違うか・・・
食事の配膳時のナースやスタッフに気が利く人がいるかいないかで時間が変わってくる。
昼食も夕食も同じである。
朝食と夕食は夜勤のナースとケアの人になるので人数が少ないから、いつ頃食べられるかわからないのである。
遅いと30分待ちは当たり前になる。
食事はと言うと、白米に変な匂いがあり美味くない。それなのに量は多く最悪だった。食事についてもおいおい話したいと思う。
日勤の時間になり、人が増え騒がしくなる。確か9時に切り替わっていたと思う。
僕が入院した病棟は、急性期の整形外科で3人部屋に収監された。急性期は、2週間ぐらいでみんな退院するようだ。
同室には、向かいのベットに僕と同年代の人と隣におじいさんがいた。始めは、よそよそしい感じだった。
一番最初に困ったことは、ナースコールが押せない。人が呼べないことだ。
ナースコールが壊れているわけでもなく、自分の手が動かせないことでボタンが押せないからである。
これには、本当に困った。
ナースには、なんとか考えるからちょっと待ってて。ちょくちょく見に来るから声掛けて!
と、言われたがなかなか見に来ない。
改めて自分は何もできないことに落胆する。
でもなんとかしなきゃならないと本能的に感じた。
骨折の足は手当をされるわけでもなく、痛み止めと抗生剤が内服されているだけ。このままでは、動けないし身体は痛いし、褥瘡になりかねないと思った。
つづく