【20ゲージの点滴針】
前回の【手術前日】の続き。
確か午後の3時半ぐらいだったと思う。
ナースのみどりさんが1年目の子を連れてきた。「どうしたのですか?」と聞くと「明日、手術でしょ。点滴の針入れなければならないのだけど・・・」と言う。
で、手術で輸血するかも知れないから輸血投与用の注射針を入れなければならないそうだ。
そういえば午前中に別のナースが来て、僕の腕を見てこれは入らないから麻酔科の先生にお願いした方がいいかもね。とナース二人で話して出て行ったのを思い出した。
「午前中、別の人が来て麻酔科の先生に任せるって言ってたよ」と言うと「大丈夫、私が見込んだ子を連れて来たから・・・」
みどりさんがやってくれるんじゃないのか・・・
「1年目の子ができなかったら私がやるからね」と笑顔で病室を後にした。
1年目の子は、沖縄出身で名前は美海と書いて「みなみ」と読んだ。沖縄っぽい良い名前だと思った。
みなみちゃんとは、初顔合わせだった。けっこうなポーカーフェイスで緊張しているのかどうかもわからなかった。
「いつも、どっちからとってますか?」と聞かれ「右からかな。つい最近はここ」と答えた。
ボソッと「細いですね」
「さっきも言ったけど、午前のナース2人は、諦めたよ」と僕は言った。
何故なら僕は、注射が苦手・・・いや、怖いからだ。
注射を打つところを見ると貧血のようにクラクラと眩暈がする。
年1回の健康診断の時も検査技師ではなくベテランナースでと頼んでいる。
5,6年前に血が抜けなくて1時間以上たらい回しに合ったことがあり、それからは採血に自信のある方でお願いします。と言っている。
それを1年目のおねーちゃんに任せるなんてイヤだった。
それも輸血ができる20ゲージの太い針、そんなもんが入るなんて到底思えなかったからだ。
採血だって、トンボ針を使っても取れないのに・・・
心の中で、「むり、ムリ、無理~」と叫んでいた。
みなみちゃんは、僕の心を察したのかわからないが僕に「失敗するかもしれませんが挑戦させてください!」と言ってきた。
朝のナースは、逃げたのに真っ向勝負を挑んでくるなんて、その心意気に感銘を受けた。
僕は、体育会系で生きてきたので熱い心を持っている人が好きなのだ。
「しょうがないなぁ~君の為の実験材料になろう!」と、つい言ってしまった。
「ただし。失敗は3回まで許してあげるからね。頑張って!」と言って、僕も怖い気持ちを封印し、覚悟を決めた。
右手は採血で使ってるから左手になった。
みなみちゃんは、必死だった。5分ぐらい考えて「行きますよ~」
チクッと痛みが走った。
ちょっと経ち「ごめんなさい。」と言った。
上手く行かなかったようだ。
「大丈夫、大丈夫、後2回あるし、リラックス、リラックス」と笑顔で応援した。
もう、親戚のおじちゃん状態だった。
彼女にも笑みがこぼれた。
そのおかげか2回目は、すんなりと入った。
2人で顔を見合わせて喜んだ。
「良く入ったねあんな太い針」と褒め称えた。
彼女の嬉しそうな笑顔が心に残った。
つづく