母からもらったリュック
出張で、スーツを着なくてはならなくなった。スーツ…着慣れないし、めんどくさいし、まともなそれを持っていないので、はぁぁぁっってため息をつきたくなる感じである。
一応同行する大人二人に確認する。
「スーツですね」
普通に言われた。
と言っても、私は車椅子女子の介助要員なので、ジャージとかでも良いのではない?なんて思ったりする。だってスーツなんて動きにくいもん、不適切じゃん。がしかし、出張先のTPOが重視されるので、やはりスーツなのであろう。
カバンは…やはりビジネスバッグが妥当だろうが、そんなもんは持ってない。そんなもん使う仕事、したこたぁないし、スーツ着る時に持つバッグは、必要最低限のモノが入る、小ぶりがひとつあるだけである。そもそも、午前中は通常通り出勤するので、午前中だけとはいえ通常通り仕事しようとするなら、そんな小ぶりに仕事するためのモノは入らん。それに、たった数時間の出張のために、わざわざ大ぶりを買いに行くのも変である。いつも通り、カバンは柄のショルダーでええか…と思ったが、スーツに柄物ショルダーを引っ掛けている自分を想像しただけで、げんなりした。どう考えてもそれ、違うよな…。
同日同時間、同じ目的だが別の場所へ出張する同僚にメールする。
【スーツですね】
返信を見て、あぁぁ…やっぱりスーツか…と落ち込む。
【カバンは黒なら何でも良いと思いますよ~♪】
おぉぉっ!黒なら何でも!
柄のショルダーは無しにして、黒のカバンを探す。しかし、ちっちゃいかおっきすぎるかの二択だ。介助要員なので、出来れば両手を空けたい。やはりショルダーかリュックが良いが、そのいずれも無かった。
ごめん、やっぱ柄ショルダー。と思ったら、母が言った。
「黒のリュックあるで」
クローゼットをがさごそ探し出す。リュック登場。真っ黒だが、地模様が入っている。密かに迷彩。限りなく不適切。と一瞬思ったが、そんなことはない。シックで上品。大きすぎないが荷物は入る、流動的な生地と形状だ。
「使ってないから差し上げます」
「ではいただきます」
そう言って、有り難く頂戴した。
黒のリュックは、旅行に行く際、購入したらしい。屋久島だったか別の場所だったか、山歩きのために買ったらしいのだが、「リュックって案外使いにくかった」らしい。
両手が空くのになんでやろ?と思う。理由は翌日、判明した。
流動的な生地と形状…物は入るが安定しない。底板が入っていたら、中身は落ち着くのだろうが、入っていたら形がおかしくなる。
小さなポケットが中と外にひとつずつあるものの、明らかにポケットが足りない。
取り出し口がトップの一ヶ所に限る。最近のリュックは本体の背面にファスナーが付いていて、そこからものが取り出せるようになっているものが多く、私も愛用しているが、これには付いていない。袋口が巾着のように、紐で開閉するタイプになっているので、その口を隠すようなフラップとスナップが付いている。荷物の重みで紐の口が開き、更にスナップが外れ、フラップが落ち着かなくなる。ごく自然に…。
良かったのは、ナイロンと合皮で出来ていること。情緒不安定かっ!と突っ込みたくなるような稀に見るお空の喜怒哀楽に、適宜対応してくれた。
母からもらったリュックは、長らく封印されたようであった。そのせいで、劣化した裏地が、帰った頃にはあちこち裂けてしまったために、今日一日陽の目を浴びて、バイバイせざるを得なくなった。
出張同行という役割はしっかり果たしてくれたものの、思わず買い主に聞く。
「なんであんなリュック買ったん?」
普段リュックなど使うことのない母は、取り敢えず山歩きのために両手が空くカバンを求めただけだったらしい。使い勝手云々ではなく、当日着ていく服装や色味で選択したばかりに、この子は「使い勝手悪い」と烙印を押され、日陰の身となったのだ。
因みに、「スーツですね」と即答した同行者二名。女子はスーツにビジネスバッグだったが、男子は普段着だった。黒のシャツに黒のチノパン。黒のダウンに黒のリュック。普段から全身黒服で、それ以外のものを着ているのは見たことがない。
スーツちゃうやん、それ。
スーツでなくとも黒でOKなら、もっと色々楽だったはずなのに…とも思うが、TPOに反していたのは、彼の方だったとはっきり言える。誤魔化していても、マナー違反ですよ!と叫びたくなる私。負け犬の遠吠えである。