6月28日 ①

 高かったハードルの採用試験から、見事に陥落した。書類選考から試験、結果が来るまでのとんとん拍子は気持ちが良いくらいだった。そろそろ働く気になってはいたが、試験からの帰り道、何だかずっともやもやしていた。
適性試験は特に何とも思わなかったが、パソコン試験で最初に躓いた。案内してくれた総務の女性は、とても若くて綺麗だった。ビルの外観の印象より、オフィスは広々と快適で、他のスタッフとの距離もしっかり広い。仕事…しやすそうだと思った矢先、「実際に勤務してもらう場所でパソコン試験をします」と案内された階は、廊下も狭く、出入り口も突然レトロ。案内された座席と左右のスタッフとの間にスペースはなく、フロア内は女性職員で込み合っていた。
 10分で作成を促されたExcelは、開いた途端歯車がぐるぐる回って入力できる状態にならず、パソコンを替えて改めたものの、作り慣れないグラフに躓き、完成させられなかった。
 女性スタッフの集団の中では不似合いな、よく肥えた年配の男性は、「10分ではなかなか難しいですよね」と優しくフォローしてくれたが、見た目も年齢も様々な女性スタッフが、電話対応したり仕事の話をしたり、何かわからない作業をしている騒めきの中に居て、唯々思った。
『私…此処で働くんだろうか…?』と。最初の違和感だった。
 面接官は3人だった。
 真ん中の若い女性は終始にこやかで、こちらの受け答えに対し、全て良心的に捉えてくれる。私は求められている人材なのではないかと思わせた。
 右側は年配の男性。終始地踏みするような目線で、にこりともしない。履歴書の内容を誤って捉えたうえ、提出した小論文に対し、否定的なものの言い方をした。意見交換しているうちに、そもそも私がこの仕事に応募した仕事の目的と、職場が求めている仕事の内容とは相違点があるということが明確になって来た。二度目の違和感だ。
 左側は年の頃は不明だが、マスクをしているので尚判らない。40代後半あたりか…。穏やかそうだが、こちらも一切笑顔を見せない。有期雇用で将来の展望もない本職に対し、今後のヴィジョンについて問われた。有期雇用は承知の上だが、目標を持って応募したことは事実だった。職を退いた後のヴィジョンなど、無いに等しい。本職を経験するうえで、キャリアとなり、その後の職業選択の幅が広がることはプラスだと考えていたが、先ず、経験できなければ意味がない。そもそも、目標を持ったからと言って、選択の自由など無かった職業人生だ。我々の世代の多くがそうであったと認識している。“願えば叶う”や、“目指したものが必ず手に入る”ような生き方など出来なかった。そんな私は、仕事も結婚と同じで、運と縁が無ければ手に入らないものだと思って今日まで生きて来たのだった。
 帰りに八天堂のクリームパンを買って帰った。滅多に来ない駅だから、来たらやはり目に入る。二度の乗り換え、二度の移動、通うとなったらそれぞれが三度になるかも知れない。通勤経路は色々あって、受かったら考えれば良いと思っていた。自宅からきっちり一時間だったが、そもそも最寄り駅がない場所に住んでいる。通勤はどれを選んでも、面倒が伴った。
 そろそろ通知が届くと思っていたら、今日、速達で届いた。受かったらやってみようと思っていたが、待っている間ずっと、受からなければ良いのに…と思っていた。何かが違う。思っていたのと違う。その違和感がずっと抜けなかったのと、女性だらけのごみごみしたフロア、一時間とはいえ、不便すぎる通勤が、腰を重くした。チャンスはあっても、縁のないところとは本当に縁が無いのだと、妙に納得した。

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