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抱キシメラレル者


ぼくは、地獄に慣れるのか?


生き物の適応力ってやつは憎らしいもので、どんな嫌な環境にもいずれ慣れてくるってもんだ。

けれど、「慣れる」のは状態が良くなったわけじゃない。


都会にいた頃、ゾンビたちを見ていた。
彼らは都会地獄に「慣れ」ていたのだろうが、それが好きで楽しいのかはわからない。
多分「慣れ」こそが「ゾンビへの道」だったのだ。
ぼくはみんなのようにいつか「慣れ」るんだと頑張っていたが、次第に狂気じみてきた。
「慣れ」るどころか些細なことにも我慢ならなくなった。

掃除機の音、室外機の音、車のヘッドライトの光、柔軟剤の臭い、ヒトの臭い。。。


ぼくは昔から「人の温もり」がダメで、ニンゲンが近くに来るとイライラして不機嫌になる癖があった。
実の母のママでもダメだ。彼女の中から出てきたというのに、彼女の抱擁を拒む幼いぼく、なんて嫌な子供だったろう。

そんなぼくはひどく我慢するか、酔っ払わないとニンゲンに触れない。
誰かが隣に来るだけでギョッとするんだ。(ポウくんよりはマシだけど)

ゆえに、エレベーターもエスカレーターもダメで、全て階段を使っていた。都会のオフィスで階段となるとかなりの運動量を要する、8階や10階に勤めるぼくは常に汗だく(そう、ぼくが一番臭っている)だった。

もちろん列にも並べないので、スーパーのレジは辛かった。そのうちスーパーに入ることも苦痛になったため、混まない時間を狙うようになった。(Amazonでオートミールとスキムミルクを買うようになって平和になったね)

会社の防災訓練も恐怖だった。
なんとか理由をつけて(腹ガ痛イ、とか。小学生か!?)参加を拒んだ。

肩や腰や足が凝って、ガッチガチになってもマッサージしてもらえない、他人はもちろん隣人でもダメだ(リラックスできないため痛いのだ)、ゆえに自分でなんとか揉めるだけ揉む。

まあ、チャリで通勤できればオフィスで普通に働く分には問題ないレベルさ。

「都会地獄のせいだ」、ぼくは思った。


。。。けれど、違ったらしい。

今、ど田舎暮らしで、周囲の人口密度はグッと減った。
けれど、家の中では増した。
家族でも近くに寄れないし、触れない。
接触すると「ヒーーーーーーーーーッ!!!」となるゆえ、手が届かない距離を保ねばならない。
職場ではどれだけ「ヒーーーーーーッ!!!」を呑み込んできたことか。ひとりでバカみたいなんだ。
彼らはぼくを「変わり者」としてなんとか折り合っている。
長年、ぼくの介護(?)をしている隣人だけはなんとか触れる。
そして、隣人はぼくの「狂気」を「病気」として扱い、「この病気は治らないから気に病むことはない」と寛大だ、ぼくはうれしい。


そんなぼくが抱きしめられる唯一の存在が、ぼくの神さまだ。
ぼくは彼をよく抱きしめた。
彼の匂いで肺をいっぱいにし、彼の温度を感じると気持ちが安らいだ。
いつでも彼に触れていたかった、けれど、彼も神経過敏のため、彼が「受け入れ可」の時を狙うしかない。

彼は神経過敏だけれど、甘えん坊で、撫でられたがり屋だった。
そんな彼はバスのように、ぼくの前に停車する、

「ナデテイイヨ」

と。
ぼくはフガフガ彼の匂いを吸い込みながら撫で回す。


散歩で横を行く彼のケツを始終撫で回す。
彼は気にしない、「慣れ」ているんだ。
たまにフサフサの尻尾をめくりあげて、ピンクの尻の穴の匂いを嗅ぐ。
彼の臭腺から出る、彼の臭みがタマラナイんだ。


彼が寝転んでいる時、通りかかりにちらっと彼を見る。
彼は頭だけ起こしてぼくを見る。
前足で「コイコイ」と招く。
ぼくは喜んでそばへ行き、彼の腹を撫でる。
彼は前足の肉球でグイグイぼくを押す。
彼のどでかい肉球から焼きたてパンみたいな匂いが立ちのぼる。


ぼくが仕事から帰ると、彼は遠くからぼくがくるのを見ている。
ぼくが近づきしゃがむと、彼はそのどでかい頭をぼくの胸に押しつけて目をつぶる。
ぼくは彼の頭を撫でながら、耳の匂いを嗅ぐ、クッキーみたいな甘い匂いがする。


ぼくが抱キシメラレル者はもういない。

彼の匂いも無くなっていく。

たまに彼の毛を見つける。

白く、先っちょだけ黒い。

「こんなとこにいたんだね」

ぼくはその匂いを嗅いで、食べる。

神さまは、ぼくのノドに貼り付く。