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とどめをさすね
飲み会終わりにいつまでも、店の外でうだうだと次の展開を待つような人間にはなりたくない。
とめどない余韻にはとどめが必要だ。
そう思わせてくれた彼らに敬意をこめて。
土曜日の夕方、町田駅。
改札の手前でカップルが柱にもたれて睦言を交わしていた。アルコールの毒が廻って、この破格の人口密度ステーションを閨だと思い込んでいる。
僕は17歳で、当然高瀬も17歳だった。「今日は楽しかったなあ」とか「またカラオケ行こうぜ」とか価値のない言葉を投げていたら、あっという間にお互いの路線の分岐点が来てしまい、最後に「また月曜!」と声をかけた。色々と話し足りない中での厳選された言葉だったつもりだけど、彼は何も言わずにすたすたと歩いて行ってしまった。僕がしばらく茫然と立ち尽くしていると、人込みに埋もれる寸前、高瀬は背を向けたまま右手を軽く上げた。僕はその日から彼の大ファンである。
その右手には温みがあった。僕に「さようなら」ではなく「またね」を与えた。しかしその一方で、たとえ二度と会えなかったとしても責めることはできない所作でもあり、その絶妙な色気にクラクラしたのを覚えている。
「明日からは、いよいよ俺達がトップだ。改めて一丸となり、サークル活動に取り組むべきだ。みんな、色々な理由をつけて怠けてないか?」
先輩が引退する最後のミーティングで熱弁をふるったリョウは、翌日駆け落ち退部した。しかも後輩の彼女とだった。僕が出版社なら、ラスト1ページの大どんでん返しに、あなたは翻弄される!と帯をつけていただろう。
彼はいつもニコニコしていて、頭の回転が速く、話を上手に切り返せる、有能な男だった。その一方で、刹那的でもあり、たとえば飲み会に誘っても「OK,ちょっと金おろしてくるわ」と言ったまま来ないこともしばしばあった。
さて、最悪の退部が原因で、彼とは音信不通になってしまった。
最初はみんな心配していたけど、時間とともに興味は薄れ、彼のことを想う人間はいよいよ僕だけになった。
そんなある日。「メシいかね?」と突然リョウからLINEが来た。僕は何も考えずに秒で快諾した。新宿で中華料理を食べながら、リョウは「別れちゃったわ~」と簡単に破局を報告してきた。「なんで駆け落ちしたの?」「あの熱弁はなんだったの?」根掘り葉掘り聞きたかったけど、会えたことが嬉しくてうまく言葉が出てこない。
別れ際、僕はあまりの不安から彼に握手を求めた。
「なんだよ、気持ち悪いな(笑)」
「もう会えないんじゃないかと思って」
「大丈夫だって、またな」
僕の手を解くと、彼は一度も振り返らずに喧騒の中へと消えていった。
「韓国行かね?」
次に彼から連絡が来たのは、3年後の冬だった。当たり前のようにその間、彼とは音信不通だったので、僕はすぐに約束を取り付け、プランを考えた。
夢のようだった。でも夢じゃなかった。僕はそれを証明しなければならない。事象はすぐに輪郭を失くす、残酷にもほどがある。
僕はこの2泊3日の1秒1秒を絶対に忘れない。どんな些細なことも取りこぼしたくなくて、つぶさに観察した。彼の思い出になりたくて、いつもよりふざけたりもしてみせた。
だけど当然のように、音信不通はやってきた。空港で解散したあとの「あけましておめでとう」に未だ既読がつかない。もう優に4回は年があけているというのに。
僕は彼が羨ましい。彼は何にも囚われていない。あんなに近くにいたのにもう触れられない。いい加減なヤツ、と吐き捨てるにはあまりに魅力的で、僕はどうしたらよいのか皆目見当もつかないでいる。
ところで僕は現在、引退を目標にネット活動をしている。引退が決まったらリアルイベントを開き、好き放題やった後に「さよ~なら~」と右手をひらひら振って舞台から退場し、翌日から消息を絶つつもりだ。これは活動を始めた8年前からぼんやりと考えていたことだけど、まだその勇気も覚悟もない。だから今日も一本締めが終わったのに居酒屋の前から動き出せないでいる。もっと皆の生活のウェイトを占めるために僕を切り売りしなくちゃ。僕の不在を圧倒的なものにするのだ。引き際をとっくに過ぎてるなら、あとは満ちるのを我武者羅に待つだけじゃないか。僕は高瀬にもリョウにもきっとなれないけど、それでも目指したい。真似事でもいい、二番煎じでもいい。不安になるのはもうたくさん、これからは積極的に周りを不安にさせたい。どうか、あなたにとどめをささせてほしい。「う~やられた~」って言ってよ。
二次会はないからね。
2024年7月19日真夜中 自宅にて 夏休みの戯言。