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大好きで大好きで、でも未来が見えなかった人の話。

私はそのとき、大学を出たてで、まだ学生の延長のような恋をしていた。

彼は私より一回りも上。
今思えば、付き合う=結婚を意識するような年齢だったのだろう。

私は若くて、彼のことが好きで仕方なく、全部が欲しかった。彼の時間、悩みや迷い、過去も現在も未来まで総て、自分のものにしたがった。
幼かったとしか言いようがない。

今なら判る。
愛し合っていても秘密はあるし、総てを共有することなんて出来ない。
でもそのときは本気で、このまま溶け合っていけば一つの人間になれると信じていたような節がある。

彼に諭されるたび、愛情の重さに差があるような気がして、寂しく思ったものだ。

でも、彼はそんな私を心から好きでいてくれたと思う。
もう、そこそこの年齢で、仕事も忙しく大変だったろうに、深夜に会いたいと行ったら駆けつけてくれたし、自分の悩みは横に置いて、私の些細な愚痴をうんうんと聞いてくれた。 
私の若さと我儘と、彼のやさしさと努力で成り立っているような、不安定な恋だった。

そんな彼にも譲れないことがあり、それで結局私たちは別れることになったのだけど。

彼は、複雑な家庭環境で育ち、子供を持たない、と決めていた。薄々私も判っていて、でも私は若くて、この先一生子供を持たないと決められるような年齢ではなかった。
お互いに聞くのを避けながら、2年近くも付き合っていた。
未来を直視するより、その瞬間、好きな人と居ることを望んだのだ。

結局、決定的に交わらない未来を見ないふりできなくなるような出来事があり、まだ好きだと言い合い、泣きながら別れた。

あの夜のことは、忘れない。

彼はその後も大人で、やっぱり一緒にいたいという私を頑なに受け入れず、きっぱりと線を引いた。
そのときは恨みもしたが、結局お互い別の人と結婚し、彼は子供のいない人生を、私はいる人生を送っている。
あのときの彼の選択には、感謝しかない。

大好きで大好きで、でも未来が見えず、好きなまま別れた人。
どんなに幸せなときでも思い出すし、きっと忘れることはないだろう。

私は今、とうに彼の当時の年齢を越え、あのときの彼の想いがよく判るようになった。

彼がどれだけ私を大切に思い、大きな愛情で包んでくれたか。
それを思うたび、愛しさで泣きそうになる。
この先もずっと宝箱に閉まって置きたいような、大切な思い出の欠片として。


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