オー! マイ オバQ !
頭が割れるように痛いから、脳神経外科に初めて行った。
痛いのはいつから? 過去の頭痛の頻度は? 現在服用している薬は?
沢山の質問に応えたあと、MRI検査をした。
検査結果の説明を受けるために、私は医師の前に再び座らされた。四十歳くらいの男性医師は、机の上のPC画面を見つめている。
「これが、あなたの頭、断面ね」
医師は、ボールペンの先で、割れたスイカみたいなものが写っているMRI画像を指す。
そして、すぐに眉をひそめた。
「あっ、これは」
私の頭の断面写真に顔を近づけて、これは珍しい、と大きな声を上げた。
私の心臓がぎゅっと音を立てた気がした。頭だけでなく胸も痛くなる。
医師の視線の先、脳の断面図の真ん中に黒い点が見えた。なんだろう、あの不吉な黒い点は。何か重篤な病に私はかかっているのだろうか。
医師は画面上の黒い点を拡大した。
「これ、ここの黒い部分、見てください」
私は椅子から腰を上げて、画面に近づいた。黒い点は、拡大すると丸ではなかった。縦に少し長い。
「このシルエット、心当たりはありませんか?」
医者が真剣な目で私に問う。
「こ、これは」
すぐにぴんときたから、私はその名を口にした。
「オバQ!」
MRI画像では真っ黒のシルエットだが、頭の上に毛が三本ハッキリと写っている。私の脳の断面図にある黒い点、それはオバケのQ太郎の愛嬌のある姿だった。
「うん、これは絶対にオバQ、オバケのQ太郎だな」
医師はそう言って頷き、私の頭の中、MRI画像のオバQを見つめたまま、心当たりはありますか? とまた訊いてきた。
「えーと、最近、漫画でオバQを読みましたけど」
「最近?」
「あ、はい。『劇画•オバQ』のことを知らなくて。人に教えてもらって、読みました」
「あぁ、あれね。正ちゃんたちが大人になっている未来。あれは面白かったなぁ」
医師はへらへらと笑った。
「原因はそれですね。あなた、夢中で読んだでしょ。だからオバQが頭の中に入ったんだね」
ピンボールゲーム機やビリヤード台を思い浮かべて欲しい。玉が勢いよく動いて側面にゴンゴンとぶつかる。今、私の頭の中で起きているのは、それだ。何かが飛び回り、頭の内側面にぶつかっている。ぶつかるたびに痛みが出る。
「オバQのしわざです。オバQがあなたの頭の中で遊んでいるのですね」
医師はカルテに何か書き込みながら言う。
医師の横に立ついやに色気のある看護師は、ドロンパじゃなくて良かったですね、と笑いながら私に言った。
頭の中でまたオバQが飛び跳ねた。痛い。私が顔をしかめると、医師はやっと労わるような優しい目をしてくれた。
「うーん、どうしようか。お薬を一週間飲んだら、その痛みはなくなると思うけど」
「けど?」
「あなたの頭の中の、オバQは死ぬ」
えー、死ぬの、オバQ。私は痛い頭を抱えた。瞬時に考えをまとめる。
「先生、オバケのQ太郎は永遠です。作者が亡くなっても、私の頭の中のオバQが死んでも、永遠に人の記憶に残る素晴らしいキャラクターなのです」
そう、オバQより自分のことが大切だ。
「だから、薬、ください。オバQ、殺してください」
医師は、目を伏せた。
「そうですか、残念だな。頭に住むオバQはなかなか珍しいのに」
「オバQは珍しいって、他のアニメキャラがMRI画像に映ることなんてあるんですか」
「あるよぉ」
医師は上半身を乗り出すようにして言う。
「僕の患者の頭には、チョッパーがいたよ。この間の学会ではガンダムのMRI画像も見たよ。ガンダムのときは、他の医師たちも興奮してねぇ。モノクロのシルエットでも、ガンダムはガンダムでカッコ良かったんだよ」
な、なんのはなし?
頭の中のオバQが狂ったように走り回る。ガンガンガンガン、私の頭の側面にぶつかる。痛い。
「その、ガンダムとかチョッパーを頭の中に飼った人たちは、薬を飲んだのですか? ガンダムもチョッパーも死んだのですか?」
いやに色気のある看護師が、もえあがれガンダム、と小声で歌っている。
「まさか。彼らにとって、頭の中のキャラクターは神のようなものですからね。死なせることはできません。痛みに耐えて共存するうちに、ガンダムもチョッパーも彼らの中、体内に吸収されていきました」
神? 医者は、薬を飲まずに耐えろと、暗に私に圧力をかけているのだろうか?
「アニメキャラを体内に吸収……。この世の中に、そんな人たちがいるんですか?」
医師は、椅子の背にもたれて、笑った。
「あなた、『劇画•オバQ』を読んだのなら、同じ作者の『流血鬼』も読んだ? 読んだのなら、分かるでしょ。人間はね、変化していくの、進化していくの。あなたが知らないうちに、あなたの周りの人たちは、アニメキャラクターを吸収して生きているんだよ」
えぇー、どうせ吸収するなら、オバQよりドラえもんとかセーラームーンの方が便利でお得なんじゃないの、と考え始めた私はどうやらこの状況を受け入れつつあるのだ。
ごくりと唾を飲み込んだ。
「分かりました。先生、薬はいりません。オバQと共に生きていきます」
医師は笑みを満面に浮かべた。その笑顔は何かに似ている。
「そう。うん、そうした方がいい。また何か問題があったら、いつでも受診して」
医師が手を振り回す。その動きは、何かのキャラに似ている。まさか、リューク?
と、いうわけで、現在も私は頭痛と戦っている。
医師にはああ言ったけれど、オバQは元気すぎる。暴れすぎて、共存するのは苦痛だ。
だから、今、私は犬の漫画をアマゾンで探している。パトラシュでもなんでもいい。今度は犬を頭に迎え入れて、犬が苦手なオバQを追い出すつもり。
『劇画•オバQ』を読んで、勢いで書いて勢いで投稿します!
『劇画•オバQ』の存在をコメント欄で教えてくれたのは、タカミハルカさん!
ハルカさん、これが感想文です(笑)
#オバケのQ太郎
#劇画オバQ
#藤子F不二雄
#なんのはなしですか
#漫画のはなしです