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アオハルは金色


 金色に輝く派手な髪の女性に、突然、声をかけられた。
 「あんた、誰、待ってるの?」
 
 私はそのとき、駅前広場の柵にもたれて、駅から出てくる人々を見つめていた。
「高校生だよね? 彼氏、待ってるの?」
 私が黙っていても、金髪さんはお構いなしに話し続ける。
「今日、寒いのにさ、あんた、かれこれ二時間くらい、ここで銅像みたいに動かないよね。彼氏なのか友達なのか知らないけどさ、もう来ないよ、あきらめな」
 修斗くんはもう来ないかも……私だって、そう思っていた。でも、それを知らない人からはっきりと言われると、腹が立った。恥ずかしさと悔しさで涙も出そうになり、金髪さんを睨みつけた。
「ずっと、私のこと、見てたのですか?」
「ん? あぁ、私さ、そこのキッチンカーでホットドッグ作って売ってんの。で、あんたのピンクのカーディガンが目立つからさ、気になって見てたのよ」
 背後の車を指差して金髪さんはそう言った。犬の絵が描かれた可愛いキッチンカー。
「風邪ひくよ。このココア、飲みなよ」
 トラックの側面と同じ絵が描かれた紙コップを差し出されて、反射的に受け取ってしまった。
 温かい紙コップを両手で包み込むと、ふっと力が抜け、がまんしていた涙の表面張力が弱まったみたいで、つぅうと目からこぼれた。

 私は、金髪さんのキッチンカーの中で、折りたたみ椅子に腰掛けて、ホットドッグをご馳走になった。
 金髪さんは、髭を生やした肩幅の広い男性と一緒に、ここでホットドッグを作っているらしい。
「こいつ、おせっかいだから、ごめんな」
 髭さんはそう言って、二杯目のココアを作ってくれた。
「ちょうど暇な時間だから、遠慮しないで」
 金髪さんはコーヒーを飲んでいる。
 時計を見ると二時十五分だった。十二時から二時間以上、私は修斗くんを待っていたのだ。銅像のように、馬鹿みたいに。
「ホットドッグ、美味しいです」
 冷たい風が心の中にまでぴゅうぴゅう吹き込んで、食欲なんてないと思っていたのに、ソーセージとキャベツの入ったホットドッグを私はぺろりと食べてしまった。
「でしょ。男よりホットドッグ」
 金髪さんは、にやりと笑った。

 何歳かと訊かれたから、十六歳だと応えた。
「うわっ、最低の歳じゃん」
 金髪さんは顔をしかめた。
 十六歳です、と大人に言うと、大抵の場合、いいわねぇ、青春ねぇ、と羨ましがられるから、私は驚いた。
「最低、ですか?」
「最低だよぉ、子供でも大人でもない、宙ぶらりんの歳じゃん。おまけに、自由がない、金がない、酒も飲めない」
 私は笑ってしまったけれど、金髪さんは、二度と戻りたくない歳だね、と真面目な顔で言う。
 金髪さんは何歳だろう? 二十歳? 三十歳? 化粧をしている人の歳は分からない。学年がふたつ上の高三女子を、私たちは影で『おばさん』と呼んでいる。でも、この金髪さんはなぜか『おねえさん』って言葉が似合う人だった。派手なかっこいいおねえさん。

 修斗くんについて話した。
 隣のクラスで、サッカー部で、昨日私から告白して映画に誘ったこと。そのとき、先生が来たから、連絡先の交換が出来なかったこと。
 私の学校は、校内で携帯電話の電源を入れることは禁止されている。もちろんみんなトイレなどに隠れてちょくちょく電源を入れているのだけど、見つかったら怒られる。だから私は、隣のクラスの修斗くんの連絡先を知らない。
「どこで告白したの?」
「理科室です。理科室のガイコツの横で」
「体育館の裏じゃないんだぁ」
「誰もいないところは、理科室だったんです」
「その理科室のガイコツの横に、ヒヤシンスあった?」
「ヒヤシンス? いえ、ありません」
「ふーん。理科室のガイコツの横には、水栽培のヒヤシンスがあるイメージだけど」
 金髪さんはそう言って首をひねった。
「で、勇気を出して告白して映画に誘ったのに、そいつ、来なかったんだね」
 金髪さんの、簡単にまとめました的な言葉が、また私の涙腺を刺激した。
「お互いのLINE知らないから、都合が悪くなっても連絡できないんです。それにサッカーの朝練があるって言ってたから、練習が長引いてるのかもしれないし」
「ふん」
 金髪さんは、鼻で笑った。
「あんた、男を待ったらダメだよ。都合が悪くても、あんたのために死ぬ気で走ってくる男としか、付き合ったらダメ。自分から男を追いかけないこと」
 金髪さんが怒ったようにそう言ったとき、横で黙って話を聞いていた髭さんが、プッと吹き出した。
「お前じゃん、男、追いかけてきたの」
 金髪さんは、あぁ、そうだった、そうだった、と声を上げて、天井を見た。
「そうそう、恋するとね、言ってることとやってることがめちゃくちゃになるのよ。私、この髭男を追いかけて、この街まで来たんだったわ」
 金髪さんと髭さんはお互いを見つめて、同じトーンで笑った。私もそのちょっとオトナっぽい温かい笑いに混じった。
 
 そのとき、キッチンカーの窓から、走る男の子が見えた。サッカー部の青いジャージを着ている。駅から出てきて、駅前広場をキョロキョロ見まわしながら走りまわっている。
「あ、修斗くんだ!来た! 修斗くんだ!」
 私が大声を出すと、金髪さんと髭さんも窓から身を乗り出した。
「走ってる!」
 金髪さんが叫んだ。
「おぉ、死ぬ気で走ってるぞ。ワハハ」
 髭さんが、はしゃいだ声を上げた。
「ごめんね。おばさんが余計なこと言っちゃったね。あの子、あんたを必死で探してるわ」
 金髪さんは、私のほっぺをつついた。
 私は泣きたいような笑いたいような、なんとも言えない気分で、つつかれたほっぺに手を当てた。
「ありがとうございました。ホットドッグとココア、ご馳走さまでした。また、来ます」
「うん。毎週日曜日はここにいるから、今度はあの彼氏とおいで」
 私はうなずいて、キッチンカーから飛び出した。
「あぁ、いいなぁ、十六歳に戻りたぁい」
 背後から、金髪さんの声が追いかけてくる。
 
 私は、修斗くんに向かって走る。
 秋の午後、金色の陽射しが、修斗くんへの道を照らす。駅前広場の銀杏の葉っぱも金色。すべてがまぶしくて、十六歳の私は一瞬立ち止まる。
 同い歳の修斗くんが私を見つけて、笑顔で手を振り、走ってきた。
 うん、いい感じ。金色が加速する。

 

 

 ↑参加させていただきます。
 「金色に」から始まる物語です。

以前違う場所で書いた『理科室にガイコツ 横にヒヤシンス』を改題して加筆訂正しました。

#シロクマ文芸部  

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