伝光録 第三十九祖 雲居(うんご)弘覚(こうがく)大師の章 <後半>

【拈提】
実に雲居大師は初め、翠微大師に見(まみ)えてより、洞山大師の会(え)に参じて、曹山(そうさん)大師[1]と兄弟たり。適来[2]の問答、師資(しし)[3]の決疑[4]、ことごとくもって至れり[5]。すでに洞山による懸記(けんき)[6]あり。「我が道、汝によりて流伝、無窮(むきゅう)ならん」と。その言(ことば)、空(むな)しからず。展転(てんてん)[7]、嘱(ぞく)累(るい)[8]して今日[9]に及べり。 実に、洞水[10]、流伝し来る。 その道、今に乾爆爆[11]たり。[その道は]清白(せいはく)[12]、家[13]に伝え来る。その源、今に乾かず。霊(れい)秀(しゅう)[14]、霊秀たり。 すでに[雲居が洞山に弥勒についての]一問を出すとき、その大機(だいき)[15]を運ぶ。よって、[洞山の]禅床(ぜんしょう)[16]、振動するのみならず、[洞山の]通身(つうしん)[17]、汗流る。これ、古今まれなる所なり。
しかれども、雲居大師はなお三峰庵に住して、天からの食(しょく)を送られしに、洞山がいわく、「我まさに思えり、 汝はこれ、この人[18]と[思っていたが、実際には]なお這個(しゃこ)[19]の見解(けんげ)[20]をなすことあり」と。
[洞山は]言って、[雲居を]晩間(ばんかん)に呼び来たらして、「膺庵(あん)主(じゅ)」と召す[21]。すなわち[雲居はその職を]応諾す。かくのごとく応諾する者は、これ天食を受くべからざる者なり。[そこで雲居は「はい」と]呼[22]んで決択(けつちゃく)[23]するに、[洞山いわく]「不思善、不思悪、これなんぞ」と。
[雲居は、]這個の田地(でんち)[24]を仔細に透到[25]し、恁麼に見得(けんとく)[26]するとき、諸天神、ついに花[27]を捧ぐるに路なく、魔[28]、外をひそかに伺い[雲居を]求むるに見えず。恁麼の時節[29]、仏祖[であって]もなおこれ怨家(おんけ)[として寄せつけず][30]。仏眼も、ついに覷(しょ)[31]、不見なり。恁麼に承(じょう)当(とう)[32]するとき、合醤(がっしょう)[33]しもてゆき、[醍醐の法味が]旋入(せんにゅう)[34]しきたる。得々[35]として、他[の誰か]に依らず。
ゆえに、[洞山が雲居に]「大闡提(せんだい)[36]の人が、父を殺し、母を殺し、仏を殺し、祖を殺すという五逆罪[37]を重ねてつくる」[と問われた雲居の答えには]このとき、孝養(こうよう)[38]の意[39]に、存するところなし。恁麼の見証(けんしょう)[40]を親切[41]に試みんとするに、かくのごとし。父子の恩、何処(いずくん)かにある。雲居がいわく、「[父子の恩やその他の恩がどこにもないことを悟りによってわかるとき]初めて父子の恩をなす」。曹山大師の道取(どうしゅ)[42]と、これ一般[43]なり。雲居いわく、「初めて孝養をなす」と。
ゆえに[雲居は]室中(しつちゅう)の領袖(りょうしゅう)[44]として、入室[45][および]、寫(しゃ)瓶(びん)[46]を被る[47]因縁、ことさらに、洞山が問いていわく、「闍黎(じゃり)、名は何ぞ」と。師資(しし)[48]、相見[49]の人を見ること、旧情[50]をもってせず、よって名はなんぞと問う。知るべし[51]、洞山は、[雲居大]師の名を知らざらんや。しかれども、かくのごとく問う。これ、来由[52]なきにあらず。[雲居大]師は、答えるに、「道膺(どうよう)」と。
たとえ千遍万回、問来、問去すとも、なおかくのごとく[53]なるべし。かつて[54]来由すべからず。恁麼の見得[55]、不肯(ふこう)[56]にあらずといえども、さらに他の透関(とうかん)[57]、逸(いつ)格(かく)[58]の機を具するやいなやと、言わんために、[相見する相手に]問う、「向上[59]をさらに言え」と。
[雲居大]師は、すでに[大悟大徹しているので]六根不具[60]、七識[61]不全、ただ破癩(はらい)[62]のごとく、また芻狗[63]に似たり。よって向上に言わば、すなわち[雲居大師は]「道膺と名づけず」と。這箇の田地[64]にいたること、おおいに難し。それ参学[65]、いまだここにいたらざれば、作家(さっけ)[66]の種草(しゅそう)にあらず、なお解路(げろ)[67]、葛藤に乱さるることあらん。[雲居大師が]この田地を保任しきたること、濃(こま)やか[68]なるによりて、末後、一大闡提人(せんだいにん)[69][について]の問答あり。[仏法をそしる人が大罪を犯したとしても、それは孝養だという大師の答えには]違背(いはい)[70]のところなし。
諸仁者[71]、識(しき)[72]を破せば、すなわち本色(ほんじき)[73][が]了事(りょうじ)[74]の衲僧(のうそう)[75]ならん。今日また、いかなる言ありてか、この因縁を識破しえたりとせん。また聞かんと思うや。良久(ややひさしく)していわく

名状従来不帯来 説何向上及向下
名状は従来において帯びてきたらず。何の向上とおよび[何の]向下[76]とか説かん
名は、そもそもない。大悟大徹の境地に至った人には、向上も向下も、そんな区別なない。










[1] 曹山本寂:840~901. 中国唐代の禅僧,曹洞宗の祖。「曹洞」の曹はこの僧の名に由来.咸通年間 [860-74] に洞山良价(とうざんりょうかい)()の法を嗣いだ.その後,まず撫州(江西省)の曹山に住持した.ただし洞山の法系の主流をなしたのは,雲居道膺(?-902)の系統であった. 
[2] 適来:「先ほどの」という禅語 
[3] 師資:師と弟子。 
[4] 決議:疑問を解決すること 
[5] 至る:極点に達する。このうえない状態になる。 
[6] 懸記:先師・祖師などの予言 
[7] 展転:人から人へ伝えること。 
[8] 嘱累:弟子たちに教えを授けてのちに伝えるようその流布を委任すること 
[9] 今日:この提唱は、大乗寺(石川県金沢市)において1300年に行われた[10] 洞水:洞山の悟りの体験とそこから出てくる教え 
[11] 乾爆爆:絶滅してしまう力(乾)を木端微塵(爆爆)にすること 
[12] 清白:汚れなく清らかなこと 
[13] 家:代々伝えてきた団体 
[14] 霊秀:ひいですぐれていること。原文では冷秋となっているが、同音異義語と思われる。 
[15] 大機:重大なきっかけ、機会。 
[16] 禅床:洞山が坐禅をするためのこしかけ 
[17] 通身:体全体
[18] これこの人:真の道を求める偉大な人
[19] 這個:この、これら。そこから転じて、仏性をさす
[20] 見解:仏性を見きわめる力
[21] 召す:呼び出して官職につかせる。御任命になる
[22] 呼ぶ:言葉を発する。
[23] 決択:疑いをはっきり断ち切って、道理を正しくえらびとること。
[24] 田地:心の状態。境地
[25] 透到:見通し深い境地に達すること。洞達(どうたつ)と同じ
[26] 見得:見きわめること 
[27] 花:供え物 
[28] 魔:悟りのさまたげる悪神 
[29] 恁麼の時節:深い悟りの境地に入っているとき 
[30] 怨家(おんけ):互いに怨み合っている者。敵同士 
[31] 覷:うかがう。のぞく 
[32] 承当:真実のあり方どおり修行すること。「とこしなへに受用すといへども、承当することをえざるがゆゑに、(略)大道いたずらに蹉過す」(正法眼蔵 弁道話) 
[33] 合醤(がっしょう):素材に醤油などを加えること 
[34] 旋入:ある状態にたちまちになる 
[35] 得々:意にかなうさま。満足するさま 
[36] 闡提:仏法をそしり、成仏する因をもたない者 
[37] 五逆罪:母を殺すこと、父を殺すこと、阿羅漢を殺すこと、僧の和合を破ること、仏身を傷つけること。これを犯すと無間地獄に堕ちる 
[38] 孝養:孝行を尽くすこと 
[39] 意:あれこれと考える心のはたらき 
[40] 見証(けんしょう):見証(けんしょう) 
[41] 親切:(深切)深くはなはだしいこと 
[42] 道取:適切に言い表わすこと。曹山大師と僧との問答では、僧が「子、帰って父につく、なんとしてか、父、まったく[子を]かえりみざるや」と問うと、「理、まさにかくのごとくなるべし」と答えた。さらに僧が「父子の恩、何処(いずくん)かにある」と問うと、「初めて、父子の恩をなす」。 [43] 一般:同一であること。同様 
[44] 領袖:修行僧たちの頭に立つ人 
[45] 入室:弟子が師から教えの奥義を授けられること 
[46] 寫瓶:一つのつぼから他のつぼへ水をそそぎうつす意から)仏語。師から弟子へ仏の教えの奥義(おうぎ)をあますところなく伝授されること 
[47] 被る:目上の人から、恩恵などを受ける 
[48] 師資:師匠と弟子 
[49] 対面すること 
[50] 旧情:以前からいだいている感情 
[51] 知るべし:どういうことであるかは推量して知ることができる。想像してみればわかるだろう 
[52] 来由:このようにわざわざ問うに至った理由。悟りの深さを調べようとして、洞山が雲居に問うている 
[53] かくのごとく:「道膺」と答えること 
[54] かつて:下に打消の語を伴って強い否定を表わす 
[55] 見得:見きわめること。ここでは悟りの体験を示すこと。 
[56] 不肯:承諾できない 
[57] 透関:関門を通過し、悟りの境地に至ること。ここでは、さらに深い悟りにより高い関門を通り抜けること 
[58] 逸格:抜きん出てすぐれていること 
[59] 向上:迷いの境から悟りの境に入ること。そこで得られた悟りの智見 
[60] 六根不具:六根が完全に備わっていないこと。六根のどれかが備わっていなかったり、不完全であったりすること。また、その人。「いはゆる六根不具といふは、眼睛被人換却木子了也。鼻孔被人換却竹筒了也。髑髏被人借作屎杓了也」(『正法眼蔵』仏向上事)。 
[61] 七識:八識のうちの阿頼耶(あらやしき)識を除く七つ 
[62] 破癩(はらい):眼・口・鼻・耳などの崩れた癩病患者。ここでは褒め言葉 
[63] 芻狗:藁(わら)を結んで作った偽物の犬。ここでは褒め言葉 
[64] 田地:心の状態。境地 
[65] 参学:仏教を学ぶこと。ここでは大悟大徹すること 
[66] 作家:財を成した者。ここでは宗師家 
[67] 解路:理解の筋道 
[68] 濃やか:土壌がよく肥えているさま。ここでは大悟大徹して深い悟りの境地あること 
[69] 闡提人:仏法をそしっており、成仏する因をもたない者
[70] 違背:矛盾しているところ
[71] 諸仁者:瑩山禅師のこの提唱を聴いている僧たちへの敬称。
[72] 識:六境に対する眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識の六識、あるいは八識など精神作用の主体としての心をさす
[73] 本色:与えられた本分を努めること
[74] 了事:一大事因縁を悟る(了悟)こと。人生の真実相を究め尽くすこと
[75] 衲僧:禅の僧
[76] 向下:上から下に、本から末に向かうこと。ここでは悟ったことによってすべてが平等だということを見抜き、その境地に安住することが、向上。それに対して、すべては異なり差別化がいつもすでになされているという境地に安住するのが向下。「禅門の中に向上・向下、(略)五位君臣と申す種々の法門あり」(夢中問答 中・三六)

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