前髪を少し
「前髪だけでも切ろうかなあ」と言って、そのひとは鏡を覗き込んでいた。
「自分できるのは危ないよ」というせりふがよぎって、飲み込んだ。
たぶん、自分で好きにするのがいいと思った。
わたし自身はといえば、昔の言いつけを律儀に守りながらおとなになった。
むかし、と言っても、あのときわたしは二十代の中頃で、いまよりは幼かったけど充分におとなだった。
あの頃なぜだか、お世話になっていたお兄さんに「前髪だけは自分で切らないほうが良い」と言われていた。
「そういうもんかなあ」と思って、別のお兄さんに相談したら、けっこう真顔で「自分もそう思う」と言われたので、「そういうもの」とすることにした。
前髪は、自分で切らない。
そもそも、わたしは不器用だし、それでいいんだと思う。
不器用なうえに、とにかく毛量の多いわたしの髪は、2ヶ月も放置すると大変なことになる。
どれだけドライヤーを当てても乾ききらなくなってしまう。
だから2ヶ月に一度くらいは美容院に行って、量を整えて前髪を切ることにしている。
わたしはいまの担当の美容師さんを信頼しているから、不安もないし、あれこれ考えなくてよいのもらくちんだった。
自分のことはよくわからないけど、このひとが「かわいい」と信じてハサミを入れてくれていると思えば、なんだか充分だった。
*
前髪を切る、というと、この曲のことを忘れられない。
前髪を少し短くしただけで 生まれ変われちゃう そんな考え方が好きよ
小松未歩さんの「氷の上に立つように」という曲。
名探偵コナンの主題歌だったから、同年代の人には聞き覚えがある曲…だと嬉しい。
この曲に知り合ったのは、小学生とか中学生の頃だったと思うけれど、いまでも思い出す。
そしていまでも、変わらずに共感し、感銘する。
わたしはおとなになったいまでも、
2ヶ月に一度、きちんと生まれ変わっている。
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