ぼちぼちやりい~おだんごさんの企画 #贈りnote に寄せて~
I先生へ
毎年秋、特に9月の終わり頃になると、先生のことを思い出して、何だかとても切なくなります。
某盲学校の音楽科1年の時に、4月から9月までの半年間だけクラス担任をしてくださっていたI先生(いわゆる非常勤講師ってやつである)。
学校の先生という存在が子どもの頃から大嫌いだった私が、母校の幼稚部の恩師と並んで、今でも心に残っている大好きだった先生。
I先生は良い意味で先生らしくない先生だった。ホームルームの時間、聞いてもいないのに突然毒キノコやカビの恐ろしさについて暑く語り始めたり、歩行訓練の最中、「うわー、本屋の前で30円拾ったー!」と一人子どもみたいにはしゃぎだしたりと、とてもおもしろい、いやかなり変わった先生だった。
しかしその一方、人生で初めて地元から離れ、慣れない町の気候や、思っていた以上に忙しい学校生活になかなか馴染めず、よく体調を崩したり、ゴールデンウィークや夏休みが明けて寮に戻る度にホームシックにかかったりして、学校に出て来られずにいる私の部屋に訪ねて来ては、私の気が済むまで話を聞いてくれたりと、親身なところもあったI先生。
そんないつも落ち込んでばかりの私に、I先生はよくこう言ってくれた。
「羽田、まあぼちぼちやりい。俺はがんばれって言葉嫌いやねん」
ぼちぼちやりい…。いつも誰かから「がんばって」と言われる度に「私は今までもこんなにがんばってきたつもりなのに、これ以上何をがんばればいいんだ」と心の中で怒り狂っていた私に、I先生はものすごく適切でしっくりくる言葉をくださった。
そんなある日、I先生は話してくれた。
「俺どうせ本物の先生になるなら、自分が1番住んでみたいと思う沖縄で先生になりたいねん。でも沖縄に全く縁もゆかりもないやつだから、採用試験を受けるのもなかなか難しくて…。チャンスは後3回しかない」
詳しいことはよく分からないが、どうやら教員採用試験が受けられるのは35歳までと決まっているらしい。
自分が住みたい町で、自分がやりたいと思うことをする…。かっこいいと思った。こんなにも大きな夢を持った先生に今まで出会ったことがなかった。
9月30日。I先生とのお別れの日。
この時も私は風邪をひいてしまい学校を休んだ。
でもそのことに悔しさは無かった。むしろその方が寂しさを抱えずに次にいけるからそれで良いと思っていた。
そう、私はI先生のことが好きだった。I先生にまじで恋をしていたのだ。
しかしそんな私の気持ちを知ってか知らぬか、なんとI先生はその日の放課後、寝込んでいる私に会いに寮まで来てくれたのだ。
熱のせいで頭が舞い上がっていたのか、私は最後の瞬間思い切った行動に出た。
「先生、好きです。つきあってください」
そう涙ぐみながら告白したのだ。
「それは無理やな」
これがI先生と交わした最後の会話だった。
あれから10数年。あの時よりももっとしんどいことを経験して、自分や人生について何度ももがき苦しんだ。
そしてあの時よりももっと切ない恋に打ちひしがれて、あの時よりももっともっと辛い失恋をして、傷ついたり、誰かを傷つけたりもした。
住む場所も、職場も、なりたいものややりたいこともたくさん変わった。
そんな紆余曲折を経て、私は今ここに居る。
あの時よりもほんの少しだけ強くなれたような気がする。それもこれも全て、I先生がかけてくれた「ぼちぼちやりい」という言葉がいつも心のどこかにあったからかもしれない。
I先生、今どこに居ますか?