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 6月5日に地元浜松で開催されたブラインドボルダリングの体験会に初めて参加してきた。
 ブラインドボルダリング、他府県に住む友人や、視覚障碍者関係の情報メールなどで見聞きしていたので、何となくその存在は知っていた。技術的なことはよく分からないけれど、壁を上るなんて何だかおもしろそうではないか。幼い頃、家の壁を登って天井を歩いてみたいという妙な好奇心があった。そんなこともあって、機会があれば体験だけでもやってみたいなあと思っていたところ、知人のKさんからお誘いがあったのだ。
 前前回の記事「ロマン」でも書いたが、最近エッセイのねたが尽き始めつつある。これは良いねたになるかもしれない。それに壁に登れるのである。幼い頃に抱いた妙な好奇心が、約30年ぶりにうずき出したのだった。
 だが体験会の日が近づくにつれて不安が募っていった。
 まず一つ目の不安は、朝起きれるかである。体験会のスタートは10時からだ。会場まではヘルパーさんとバスで行くのだが、そこまで行くには1度駅まで出て乗り換えなければならないので1時間はかかる。しかもどちらのバスも1時間に2本しかない路線だ。もろもろの時間を考えると、遅くても7時半には起きなければならない。睡眠導入剤や精神安定剤を服用するようになってから朝が弱くなってしまった私には、7時半でもかなり早起きだ。果たしてそんな早い時間に起きられるのだろうか。
 二つ目の不安は、そもそも自分にはボルダリングができるのかということだ。聞くところによると、ボルダリングは手と足の力がないと難しい協議らしい。私は運動は苦手な方だし、握力も無い。そんな自分にボルダリングなんて本当にできるのだろうか。
 そして三つ目の不安は、地元の視覚障碍者関係の人たちに会うのが久しぶりなことだ。リアルイベントに参加するのは約3年ぶりである。うまく話せるのかとても緊張する。

 そんな中迎えた体験会当日。何とか朝7時に起きることができた。
 8時20分、迎えに来てくれたヘルパーさんと駅行きのバスに乗り込みいよいよ出発。
 それから約1時間。駅のバスターミナルでKさんたちと落合い乗り換えのバスに乗る。初めて乗る路線のバスだった。
 駅から約20分ぐらいで会場最寄のバス停に着いた。そこから数分歩いた。家を出た時は曇りだったはずが、いつの間にか日が照っていて暑かった。日曜日ということもあるのか、通りにはコストコや赤ちゃん本舗などのお店が並んでいることもあって、親子連れと多くすれ違った。そんな中を私たちは会場の浜松プラザへと向かう。
 浜松プラザの入り口を入った時、ピッピというレジを打つ時のような機械音が聞こえてきたので、自分たちは今どこに居るのかと戸惑った。どうやら浜松プラザはこのスーパーの2階にあるようだ。
 エスカレーターで2階に上がると、ゲームセンターや雑貨屋さんがあるとヘルパーさんが教えてくれた。これだったら壁に登るよりも、ウィンドーショッピングをしていた方がまだ有意義だったかもしれない。そう思えてくるほど、この時の私の不安と緊張はピークに達していたのだ。

 浜松プラザには思っていたよりも人がたくさん居た。その中に母校の後輩でもあり、かつての職場仲間でもあったHちゃんや、視覚障碍者協会の青年部のイベントで何度かご一緒したことがあるCちゃんなど、知っている人に何人か再会した。出てくる前は緊張してあまり話せないんじゃないかと思っていたけれど、意外と普通に話せたことにちょっとビックリした。
 体験会の前に、施設の利用やボルダリングをやる上での注意事項などの説明を受けた。
 今回は東京からブラインドボルダリングの普及活動をしているNpo法人のモンキーマジックの方たちも来てくれた。代表の小林さんの話で、視覚障碍者と健常者が一緒にボルダリングを楽しむ上で大事なことは、HKK(方向、距離、形)なのだそうだ。「左手10時の方向、右手をもうちょっと上に伸ばすと、フランスパンみたいな形のガシっと掴めるホールドがあるよ」と言った感じらしい。だが私は時計の針を読むのが苦手でクロックポジションがよく分からないのと、まだ実際の壁に触れていないので、説明がいまいちピンとこなかった。ただ一つ分かったのは、どうやらボルダリングの壁には、フランスパンや肉まんやバナナなど、いろいろな形の石(ホールド)があるようだ。

 そんな中いよいよブラインドボルダリングの体験が始まった。
 私の番になりマットの上に上がると、すぐ目の前に大きな壁があった。指先で少し触ってみると、大きな突起のような物から小さな石のような物まで、確かに様々な形のホールドが並んでいた。
「スタートは右に1時の方向の大きいやつを両手でガシっと掴んで」
 モンキーマジックのスタッフさんの指示で、私は右上にある大きなホールドをガシっと両手で掴んだ。
「右足をもう少し上げて」
 すると右足の靴先が良い感じに突起に引っかかるのが分かった。
「左足は6時の方向にもうちょっと下」
同じように左足もスタッフさんの指示に従って、上に上げたり少しづつ下に下げたりしていく。するとやはりうまい具合に突起に引っかかった。いよいよ壁に登り始めるのだ。
 それにしても何ともバランスが悪い。つま先立ちのような状態で、両手の指先の力だけで壁にしがみついているのだ。これは確かに手と足の力がないと相当難しい。
 そんなバランスが悪い中、スタッフさんの指示を聞きながら、両手も両足も次のホールドを探していく。ただただ壁から落っこちないようにしながらスタッフさんの指示に従うのに必至で、壁に登る楽しみなど全く感じられない。
 それでも何とかゴールすることができた。やれやれである。とりあえず登るのはそれなりに登れたようだ。だが安心するのはまだ早い。登るということは、こんどは降りなければならないのだ。けっこう高いところにいるように感じる。そして手も足もかなり疲れている。でもここで手を離したら…。
「すみません、これどうやって降りるんですか?」
 プチパニックになりながら、私は周りに尋ねていた。
「だいじょうぶだよ。左足をもう少し下に下げて」
 と再びスタッフさんの指示が飛ぶ。足先だけを使うので着地点が予測できない分、足を下に下ろすだけでもかなり怖い。両手も両足もどんどん力が無くなってくる。でもここで手を離したら…。
 完全に降りられなくなってしまった。私と同じく初体験のHちゃんやCちゃんはするすると降りてきていたのに。壁に登るのがおもしろそうだからというような不純な思いだけで参加してしまった自分が本当に情けない。
 壁から降りられなくなった私を見かねたのか、浜松プラザのスタッフさんも駆けつけてくれた。
「腰を下げた方が降りやすくなりますよ」
 浜松プラザのスタッフさんは言う。この状態で腰を下に下げるなんて逆に危なくないだろうか。半信半疑のまま言われた通りそうしてみると、確かに降りるホールドを探しやすくなったような気がする。
 そうやってどうにか地上に降りることができた。両足も両手も指先も痛い。こりゃ翌日は筋肉痛確定である。

 その後少し休憩してから、こんどは壁を登るのではなく横に進むタイプのボルダリング(正式な名前を忘れてしまった)に挑戦した。こっちの方が楽そうかもと何となく思っていたらとんでもなかった。横に進む方が、次に踏み出すホールドの予測がつきにくくて難しかったのだ。その分登るやつよりも、手足の力の消耗が早いように感じる。そのせいか途中で力尽きてついに壁から落ちてしまった。
 べつにここで諦めてもよかったのだ。しかしここで最後までやらないと気が済まないという負けず嫌いが発動した。途中からでも再び壁に向かう。そんな私の行動に、「おーっ、すごい」と周りから歓声が起こった。
 モンキーマジックのスタッフさんのHKKの指示に従い、必至に手足を動かしてホールドを探していく。ここでまた落ちるわけにはいかない。2回も落ちるなんてあまりにも恥ずかしすぎる。その一心でゴールに向けてただひたすらに壁を横に進んでいく。
 ようやくゴールまでたどり着いて地上に戻った時はどっと疲れた。でもたいへんなことを最後までやり遂げる達成感もたまには悪くないなあと少し思った。
 壁に登るのは甘くはなかった。でもたいへんだったことも含めてとても良い体験ができたと思う。またブラインドボルダリングをやってみたいかと聞かれたら…、うーん、少し考えさせてほしい。

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