The Underground Scene Ahead 2023-2022年のDark Wave/Cold Waveの振り返りと2023年の展望-
アンダーグラウンドな存在でありながら確実に新たなリスナーを増やし続けているDark Wave/Cold Waveシーン。2022年も多くの名作や注目を集めるアーティストが出現したが、この記事ではシーンを代表的する名盤や、筆者が個人的に注目したアーティスト等から2022年のDark Wave/Cold Waveシーンを振り返っていきたいと思う。
なお、この記事には筆者が同様のテーマで選曲したプレイリストも付属しており、紹介したアーティストはもちろん、記事内には収まり切れなかった楽曲も収録されている。記事を読みながら是非一緒に聴いてみて欲しい。
■2022年の名作たち
2022年のDark Waveでまず最初に注目を集めたのは、このシーンを代表するデュオBoy Harsherが制作した短編ホラー映画『Runner』とそのサウンドトラックだ。
このサウンドトラックでは、いかにもホラー映画のBGMといった不穏さが漂う『Tower』『The Ride Home』のようなダークな楽曲と並び、ゲストボーカルをフィーチャーした『Autnomy』『Machina』では、彼らが秘めていたポップサイドがより顕著に発揮されており、ダークなカラーパレットは保ちつつもこれまで以上に色彩豊かな内容となっている。サウンドトラックという形式でありながら、2022年のDark Waveを代表する名盤と言えるだろう。
映画『Runner』は、日本では現時点で視聴することは出来ないようだが、トレイラー映像で一部の映像は確認できるので興味がある方はこちらもチェックして欲しい。
Boy Harsher - Autonomy (Feat. Lucy - Cooper B. Handy) (Official Video)
他にも2022年印象に残った作品をいくつか挙げていこう。
フランスを拠点とするデュオMinute Machineの『24』もまた2022年を代表する素晴らしい名盤だ。
テクノやEBMの要素が色濃く反映されたミニマルでありながらパワフルなビート、アルバム全編通して漂う退廃的でフューチャリスティックなムード。そして今までよりも輪郭がはっきりとし、ポップになったボーカルのメロディー。間違いなく彼女たちの最高傑作と言える作品だ。
ドイツで活動するIsolationsgemeinschaftがリリースした2ndアルバム『Der Tanz geht weiter!』も、Neue Deutsche Welleの血脈を色濃く感じるサウンドで印象深かった。
奇妙な電子音と淡々と歌われるドイツ語のボーカル、DAFを思わせる暴力的なビート等、正に現代版N.D.Wといったサウンドだ。個人的にも80年代N.D.Wのあの独特のスタイルは大好きなのだが、現代においてその影響を濃ゆく感じるアーティストは少なく感じていたので、彼らのようなアーティストが現れるのはとても嬉しく感じる。
そしてSextileのカムバックと新作のリリースも2022年を代表する嬉しいニュースだ。
Sextileは80’sのポストパンクやEBMからの影響を、洗練されたスタイルに落とし込んだサウンドで熱狂的な支持を集めていたが、2018年に傑作EP『3』をリリースした後活動を休止していた。さらにバンドの元メンバーであったEddie Wuebbenの死という悲劇に直面していたが、別のバンドメイトであったCameron Michelとの再会をきっかけにSextileは再始動する。
2022年に遂にリリースされた待望の新曲『Modern Weekend』『Contrtion』は、ノイジーなギターとEBMやシンセポップを融合させた正に彼らのサウンド。完全復活、そして新たなステージへ進んでいく新生Sextileを示すには十分すぎるクオリティの2曲だった。
Sextile - "Modern Weekend / Contortion" (Official Video)
■シーンを支えるインディーレーベルたち
Dark Wave/Cold Waveの作品をリリースする代表的なインディーレーベルについてもいくつか触れておこう。
ここ数年圧倒的な存在感を見せていたDais Recordsは今年も健在。
Drab MajestyのAndrew ClincoによるプロジェクトVR Sexの『Rough Dimension』を筆頭に、よりソングライティングが強化されてドラマチックに進化したDeath Bellsの『Between Here & Everywhere』、パンクやハードコアの持つ衝動にポストパンクやサイケを融合させたHigh Visの『Blending』など、今年を代表する名盤が名を連ねた。
中でもSRSQによる2ndアルバム『Ever Crashing』はシューゲイザーやドリームポップがシンセポップと出会ったようなスタイルに眩いメロディーと、どこか物悲しさを感じるダークネスが宿ったサウンドで異彩を放っていた。
イタリアの名門Avant!も良質な作品を多数届けてくれた。
ロマンティックなシンセポップを聴かせてくれたPlastic Estateの『Plastic Estate』、80’sのニューウェーブからのインスパイアを色濃く感じたM!R!M!の『Time Tritor』、よりエモーショナルに進化したロシアのポストパンクバンドBlind Seagullの『Personal Decay』など、こちらも良作揃い。
ドイツを拠点とするアンダーグラウンドレーベルYoung & Cold Recordsは、世界中の幅広い地域に目を向けたラインナップが魅力的だった。
ロシアのコンテンポラリーポストパンクバンドSeven Knivesのデビュー作『BO3』や、ベラルーシのDark Wave代表格であるSuper Besseの『Tristesse』、スイスのシンセパンクアーティストKarl Kaveの『Dooms Day』等、非英語圏からの良作が目立っていた。
SRSQ - "Abyss" (Official Video)
■2022年に注目されたニューカマー
2022年の振り返りの最後に、注目を浴びた新人アーティストについて書いておこう。
スイスから登場したポストパンクコレクティブPlague Pitsや、韓国というあまりDark Waveシーンとしては馴染みにの無かった国から登場したBendi Boiなど、魅力的なニューカマーがいくつも出現したが、その中でもHarsh Symmetryのアルバム『Display Model』は高いクオリティの楽曲でDark Waveの愛好家たちから絶賛された。
Harsh Symmetryはカリフォルニアを拠点とするJulian Sharwarkoによるソロプロジェクト。BauhausやDepeche Modeを彷彿とさせる(実際彼の両親はこれらのバンドのファンで、幼少期のJulianに多大な影響を与えたようだ)80’sのオールドスクールなシンセポップやゴスからの多大な影響を感じるが、それをミニマルなシンセサウンドとメランコリックなメロディーで現代的にアップデートされた楽曲が魅力的だ。
『Mirror Twin』はデビュー曲にして2022年のDark Waveシーンを代表する名曲の1つと言えるだろう。
Mirror Twin · Harsh Symmetry
このようにDark Wave/Cold Waveシーンの中にも新しい波が押し寄せてきている。
2022年の振り返りはここまでとし、次に2023年に個人的に注目したいアーティストを紹介したいと思う。
■2023年に注目したいアーティストたち
Zack Zack Zack
Zack Zack ZackはYigit BakkalbasiとCemgil Demirtasによるポストパンクデュオ。メンバーはトルコ出身だが現在はオーストリアを拠点として活動している。
トルコの伝統楽器でるあるサズを取り入れるなど、オリエンタルな要素を持ったユニークなDark Waveサウンドを創り出している。
2021年のアルバム『Album1』に続き、2022年にはシングル『Ev』をリリース。ミニマルなシンセとドラムマシンによる疾走感溢れるリズム、そして時折挿入されるエレクトリックな民族楽器のフレーズ(クレジットにはE-Baglamaと記載されている)が素晴らしい1曲。この曲は今後リリースされる『Album2』の収録曲ということで、2023年はこのアルバムのリリースに期待したい。
Zack Zack Zack - Ev (Official Videoclip)
True Faith
始まったばかりの2023年だが、早くも素晴らしいアルバムを届けてくれたのはボストンのポストパンクバンドTrue Faithだ。2021年のデビューアルバムと数枚のシングル曲に続いて今年1月にリリースされた2ndアルバム『Go To Ground』は、Joy DivisionやCureの影響を感じるメランコリックなメロディー、そしてギターを主軸としたエモーショナルなバンドサウンドが魅力。Dark Waveファンだけでなく、エモやオルタナティブロックが好きなリスナーにもアピールできるポテンシャルも感じる。今年最初の名盤として是非チェックしていただきたい。
The True Faith "Assimilation" (Official Audio)
Plague Pits
2022年のニューカマーとしても名前を挙げたPlague Pitsも引き続き注目したい。
2021年の12月から音源リリースを開始したばかりのPlague Pitsは、80年代のアンダーグラウンドなDIYエレクトロニックテープカルチャーにインスパイアされたポストパンクコレクティブ。
ダンサブルなシンセやドラムマシンが作りだすリズムをベースに、インダストリアルな金属音や、80’~90’sのダンスミュージックを思わせるエフェクトの効いたボイスを重ねた楽曲は、ディストピアな近未来のディスコミュージックを想像させる。
リリースの全てを少数生産のカセットテープで行うという方法も(中には僅か5本しか生産されていないテープも存在する)、D.I.Yテープカルチャーへのリスペクトを感じられ興味深い。
2022年だけでもEPを5作品発表している彼ら。この驚異的な制作ペースを考えると、2023年も多くのリリースが期待できるだろう。2022年後半から徐々にライブ活動も開始しており、活動が本格化するPlague Pitsの波が世界中のアンダーグラウンドに伝播していくことを楽しみにしている。
Idle Hands · Plague Pits
Vision Video
Vision Videoはジョージア州アセンズを拠点とするゴシック・ポストパンクバンド。
フロントマンDusty Gannonは陸軍歩兵将校として赴いたアフガニスタンでの体験に失望して軍を辞め、消防士や救急医療隊員として命を救う活動をしている。このような苦悩や壮絶な体験が反映されたVision Videoの音楽には死や悲しみのイメージが表れているが、メランコリックで疾走感溢れるポストパンクサウンドで奏でられる彼らのサウンドは、絶望だけでなくその先に希望を感じられるように思う。
2022年に発表した2ndアルバム『Haunted Hours』も素晴らしかった彼らだが、その楽曲のクオリティやゴシックなヴィジュアルで今後のシーンのカリスマ的な存在へ成長する可能性を感じている。2023年の活動にも要注目だ。
"Death in Hallway" - Vision Video
Nuovo Testamento
2021年にAvant!からリリースしたアルバム『New Earth』が絶賛されたNuovo Testamanetoも要注目だ。Sheer Mag、Crimson Scarlet、Horror Vacuiらのメンバーによって構成されたNuovo Testamanetoは、初期EPでは陰鬱なCold Waveを演奏していたが、『New Earth』でダンサブルなシンセポップに大胆にシフトチェンジ。Human LeagueやPet Shop Boysを思わせる、ちょっと照れてしまうくらいの直球80’sシンセポップサウンドでシーンに衝撃を与えた。
2023年3月にリリース予定の2ndアルバム『Love Lines』も、先行シングル『Heartbeat』を聴く限りこの路線を継続しているようだ。暗いニュースが続くこんな時代だからこそ、彼らのロマンティックでブライテストなシンセポップがダンスフロアに鳴り響いていて欲しい。
Nuovo Testamento - Heartbeat (Official Video)
今年注目のアーティストたち、いかがだったでしょうか。
もちろん彼ら以外にも今年も多くのアーティストが素晴らしい活躍を見せてくれるだろう。
そしてパンデミックにより困難となっていたワールドツアーも2022年より徐々に増え始め、今年は多くのアーティストのライブ活動も本格的に活気を取り戻しそうだ。
この記事で紹介したアーティストもここ日本でライブを観るチャンスがあればとても嬉しく感じる。
今年もDark Wave/Cold Waveシーンの展開を大いに楽しみにしている。
text by Ashira
DJとして活動中。九州のインディ・ミュージック・シーンの中心となっているINDIE ROCK PARTY 「NOBODY」をマンスリーで主催。PØRTALでは『Russian Indie Guide』を連載中。DJ/オーガナイザーとしての活動以外に、ライターとしてLonesome Dove、Aerofallなどのライナーノーツを担当している。
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