スイス料理店店主と若手建築家 一緒に店を作り共に迎えた“人生の転換期”~ハンディハウスプロジェクト10周年インタビュー vol.3
今年、結成から10年になる、ハンディハウスプロジェクト。
建築家やハウスメーカーが家の間取りやデザインを決めていくのではなく、住む人が自分好みで決めていけるように。「どんな家にしようか」という最初の妄想から作る過程まで、住まい手となる施主と、一緒に作業をしながら家づくりを楽しむ。「世界にひとつだけの家」が完成したときに、喜びとともに家への愛着も自然とわいてくるはず。そう信じて、私たちたちは、「妄想から打ち上げまで」を合言葉に、“施主参加型の家づくり”を提案してきました。
※ハンディはお施主さんが中心となって家づくりを進めるといった考えに基づいて、お施主さんを「プロジェクトオーナー」と呼んでいます。
ハンディ流の家づくりを行なったプロジェクトオーナーさんたちの暮らしに変化はあったのか!?オーナーさんに会いに行って直接聞いてみる本企画。第3回目は、2018年に東京 武蔵野市にスイス料理店をオープンした、オーナーの高口さんと、当時まだ駆け出しの建築家だったハンディメンバー大石の対談です。
高口 章さん(写真 左)
スイス食堂 ルプレ店主。会社員時代に、20年間スイスで暮らす。
現地のスイス料理に魅了され、帰国後、東京 武蔵野市のシェアキッチンにてスイス料理を提供。その経験を活かし、2018年に夫婦でスイス料理専門店を開いた。
大石義高(写真 中央)
2017年、HandiHouse projectに参画。楽工隊 代表。プロジェクトオーナーさんとアイデアを出し合って、一緒に家やお店を作っていく過程が好き。会話を重ねるほど、自分だけでは思いつかないアイデアやデザインが出てきて、各々の個性が滲み出る空間が生まれる。それが毎回楽しみ。
秋山 直也(写真 右)
2021年、HandiHouse projectに参画。楽工隊所属。大学卒業後、大工となるが、お客さんと一緒にものづくりをしたい気持ちが大きくなりHandihouseprojectに参画。大工の技量を生かし、お客さんはもちろん、自分自身も納得のいくものを作り上げるため、丁寧な設計施工を心掛ける。
会社員リタイア後の挑戦 スイスの家庭的な食堂
ーー素敵なお店ですね。家庭的というか、あったかい雰囲気。
高口さん:スイスにある食堂をイメージした作りにしました。気に入ってるのが、ヨーロッパやパリの、庶民向けのレストランや食堂にもありますけど、帽子を置くような棚。店のアクセントにしたいなと思って、大石くんに相談してゼロから作ってもらいました。
(写真)ヨーロッパのレストランでよく見かける棚
ーー確かに。パリのお店で見かけたことがありますね、こういう棚。
高口さん:そうでしょう。合わせてベンチシートもお願いして作ってもらいました。iPadで僕が絵をかいて、「こういうの作ってほしい」と相談して。色合いとか、スイスのチーズフォンデュ屋はだいたいこんな雰囲気なんですよ。
大石:このベンチシート、開いてものを入れることができるんですけど、こういったものを作ったことが無くて。写真とか参考にしながら、どういう風に作るのかなっていうところからのスタートでした。普段建築で使わないような素材を高口さんがリクエストしてきて、背もたれのクッションとかも作ったことがなかったので、大変でしたが良い経験になりました。
(写真)ベンチシート。中にものを入れることができる。
ーーどんなところをこだわりました?
大石:木材など、新しいものではなく古いものを加工しながら使った部分ですね。スイスの伝統的なお店の雰囲気に近づけるために味わい深い仕上がりになるように作りました。
ーー高口さんは、スイス生活が長かったので頭の中にはイメージがあったわけですね。
高口さん:20年以上、仕事でスイスにいましたね。せっかく日本でスイス料理屋を始めるんだから、少しでも向こうの雰囲気も味わってほしいと思いました。スイスの食堂のような、地元の人に親しんでもらえるアットホームな雰囲気にしたかった。
ーー確かに落ち着きますね。家族で来られそうなお店ですね。
高口さん:うちのお客さんの7割近くは、自分か家族が海外に行っている方が多い。お客さんと話していると、どこの町にいたとか、ヨーロッパのローカルの話になることもよくあります。
ーー海外にいたときのことを思い出して楽しめるような店になったんですね。
高口さん:そうですね。ありがたいことです。居心地がいいと言ってくれる人は、ご夫婦で毎週来てくれたりします。よく飽きないなって思ったりするくらい(笑)。チーズを食べてワインを飲んで帰る。そんな楽しみに関われて嬉しいです。
(写真)もともとは文房具店だったものを、スケルトンにして改修した。
自分の家は自分でつくるヨーロッパのDIY文化を 商店街の仲間と実現
ーーところで、ハンディに依頼しようと思ったのはどうしてだったんですか?DIYはまだまだ日本では認知度が低かったころだったと思うのですが。
高口さん:スイスに長く住んでいたことが影響しているかもしれませんね。向こうでは、自分の家は自分で作る。古い建物を大事にして、直しながら暮らすっていうのが主流でしたからね。私もスイスにいたころは、ちょこちょこDIYしてました。ハンディは、みんなで作ることを大切にしていて、できることは自分たちで作るっていうのが面白そうだなって思ったんです。
ーー商店街のみなさんで作ったそうですね。
高口さん:大石くん自身が色んな人に声かけてくれて、漆喰塗りやタイル貼りは何人かでやったよね。
大石:タイル貼りは高口さんの友人とか、子どもたちも何人かいましたよね。
高口さん:お客さんの子どもとか、この辺の子どもたちも参加していたと思います。
大石:関わった人数は結構な数でしたよね
ーー総勢何名くらいいたんですか?
大石:20人くらいいたかな。商店街の人や高口さんの友人たちが、入れ替わり立ち替わり来てくれたので。
高口:総勢だったらそのくらいいるかもね。
(写真)天井を塗る高口さん
(写真)高口さんの友人と大石が床のタイルを貼る様子
ーー 一緒にハンディとお店を作ってみて、その後心境の変化とか暮らしが変わったこととかありましたか?
高口:変わったというよりも、もともとあった「作りたい」という気持ちがモチベートされた感じですね。やってみたいっていう気持ちが起爆した。完成した後に、棚なんかはDIYで自分で取り付けました。
大石:ちょいちょい改造してますよね。この辺の天井とかも高口さんと一緒に塗りましたよね。
高口:大変だった。首が痛くなって…。
大石:高口さん、毎日お店に来てくれていましたよね。
高口さん:現場は見たくて、工具も好きで、どんなものを使っているのか見たかった。
大石:買ってましたよね、インパクトドライバー。あと丸ノコも(笑)。
(写真)2021年からハンディに参画した秋山。設計から施工まで全て行うハンディ流の建築をやりたくて門を叩いた。
泊まり込んで設計しながら作る 初めて一人で任された現場
(写真)大石と高口さんご夫婦と商店街の仲間
高口さん:一番左の子、大石くん。完成後に、店の前で青空散髪した後の写真です。山賊みたいだったんで。
ーー山賊。髭になごりが…。
秋山:でも、晴れ晴れとした笑顔ですね。
大石:納期までが短くて、設計しながら自分で作らなきゃいけなかったので、身なりを構っている暇なかった(笑)
当時、大石はハンディの坂田の下で働いていた。スイス食堂 ルプレの建築は、初めて一人で任されたプロジェクト。無事やり遂げたことで、大石は独立することができた。坂田は、かつて自分が施主に鍛えてもらった経験から、高口さんだったら大石を鍛えてくれると考え全てを任せた。
ーー大石さんにお願いするのに不安はなかったんですか?
高口:不安しかなかったです(笑)。
大石:ですよね…。
高口:初めは「どういう経験があるの?」とか聞いたりしていたんですけど、何回か仕事しているところを見ているうちに、そりゃあ素人とはやってることが全然違うし、経験を重ねていることはよくわかりました。
ーー大石さんは一人で任されて緊張とか不安とか。
大石:不安はありましたよ。時間もなかったですし。初めて任された現場だったので、やるしかないなと思いました。
高口:そうか、初めてだったのか。
大石:そうですね。自分がお客さんとの最初のやり取りから担当するのは初めてでした。これまでは坂田さんがメインでやって、その下でやってるという形でオーナーさんともコミュニケーションを取っていたので。でも、自分がメインでやるのは責任重大でしたね。
高口:部材の取り寄せとか一緒に探したりしたよね。
大石:この現場はそれも含めて初めてでしたね。始まってからは、不安とか言ってる場合じゃなく、間に合わせなきゃっていう気持ちに切り替わりました。
ーー時間がなかったんですね。
大石:そうですね。1か月後が納期だったので、間に合わせるための必死さのほうが勝って、始まってからは不安は消えてました。毎日毎日必死。最初はイメージだけでスタートしたので、いざ始まると、実際の寸法を決めながら作っていく状態でした。「明日にはこの部分作らなきゃいけないから、この部分の設計もやらなきゃ」といった感じで。
ーーで、山賊みたいになってしまったわけですね。
高口さん:お店の地下で寝泊まりしてたよね。起きてすぐまた続きやる…みたいな。急に、「あそこの天井何色にする?」「じゃあ赤でも塗っちゃって」とかその場その場で決まっていく現場だった。
大石:細かいところは最初に決まっていなかったので、作りながら決めていきました。高口さん、毎日来てくれたのですぐ話せてよかったです。
しかも、現場スタッフのために、奥さんが毎日お弁当を作ってくれたんですよ。
ーーお弁当!?
高口さん:妻が作って、私は持ってきていただけですが。
大石:結局毎日お弁当持ってきてもらっていたので、毎日何かしら話していてコミュニケーションは濃厚でしたね(笑)
完成後も続く“親子のような関係” 今後のモデルケースになった
ーー高口さん、懐が深いというか、単に発注者と受注者というより、父と息子みたい。息子の頑張りを陰ながら応援する、みたいな。
高口:ちょうどうちの娘と同い年くらいだからね。怒るにも怒れないとこもあるし、怒るときはめちゃくちゃ怒れるし、歳もちょうど親父と息子くらいだから。それはすごくよかったんじゃないですかね。
ーーどんなところがよかったですか?
高口:言いやすかったし、一緒に相談しながら作れることが、僕はほんとにやりやすかった。うちの妻も大石くんのこと気に入ってるし。
ーーよかったですね。
大石:はい!改修が終わってからも、めちゃめちゃ連絡くれたりとか、忘年会呼んでくれたりとか、関係性を切らさずに色々誘ってくれるので、それはめっちゃ嬉しいです。すいません、いつもごちそうになっちゃって(笑)
高口:はい。あなたはしょうがないですよ。
ーーそんなにごちそうになってるんですか。
大石:ワインとかもちょいちょい。チーズフォンデュとかもけっこう…。
ーー楽しい仕事ですね。
大石:あ、はい (汗)
ーーこのプロジェクトがきっかけで独立できたんですよね?経験は活かされてます?
大石:まず納期がすごく短かったんですけど、独立して一人で進めることになってからも、頑張ればこのくらいの納期でやれるんだなっていう基準になりましたね。あとは、何よりオーナーさんとの関係づくりのモデルケースになりました。毎回高口さん夫婦と同じ濃い関係を作るのは難しいですけれど、完成後もずっと続く関係を作りたいなと思いながら、コミュニケーションを取ってます。
ーー自然体でいいですよね。けっこう大石さん言いたいこと言ってますしね(笑)。
高口:ほとんど1か月一緒にいましたからね。
大石:そうですね。関係が途切れずに定期的に会ってますね。それでいうと、出会ってから3年目になりますね。それくらい関係が長く続いているので言いたいことも言えるようになりました。最初は、もうちょい緊張してたはず。
高口:そうなの?
大石:もうちょっと遠慮してたと思います(笑)どのオーナーさんとも、長く続く、いつでもおうちやお店づくりで困ったときには呼んでもらえるような関係が築けたらいいなと思っています。
自分で家を作ることは暮らしを豊かにする
ーー高口さんが考える、ハンディの良さってなんだと思います?
高口さん:一番はコミュニケーション量の多さですね。連絡して、都合あえばすぐに来てくれるし。例えば、「板がやっぱり重すぎるから軽いのに変えて」と言うだけで、だいたいすぐにわかってくれて通じ合えてる感じ。
ーーなるほど。プロにいつでも相談できるっていうのは大きいですね。ハンディが目指す「オーナーさんも積極的に家づくりに参加する」というやり方に可能性はあると思いますか?
高口さん:コロナの影響で、家具とか家の中に対しての興味関心は、加速的に高まってると思うので、家づくりやリノベーションの需要も高まっていってるはずです。親が自分で作るようになれば、子どもにも影響が出る。一緒に作った経験とか、絶対に大人になってからも覚えているし、少しずつ家づくり、ものづくりの文化を育んでいけば、住まいへのリテラシー全体が、少しずつ上がっていくような気がとてもするんですよね。
ーーハンディが目指しているところですね。
高口:一緒に家具を作るとか、ちょっとした本棚を作るところから始めるっていうやり方もあるかもしれないですね。そうしたら、天井も変えたい、床も変えたいとか、広がっていく可能性があると思う。
大石:確かに、いきなり家作ろうっていうところよりも気軽にやってみることができますよね。その延長線で、じゃあ家をお願いしますっていう風になったら僕たちも嬉しいですね。
高口さん:普通の工務店に比べると、ハンディはある程度お客さんとの距離が近いところにいるなって思ったので、ハンディの実現したい「家を趣味にする」文化には可能性を感じますね。
ーーなんだかそう言ってもらえると嬉しいですね。実際に自分でお店を作った高口さん自身が広まってほしいと思ってくださるのは心強い。
高口:正しいことだから広まってほしい。人間の文化を豊かすることができると思ってます。大手のハウスメーカーなどにお願いすると、「責任も持って全部やるんで触らないでください」みたいな話になることが多いと思う。もちろん5年とかでギシギシ壊れちゃうとかは困るし、安全面はプロがしっかり保障しなきゃいけない。でも、それ以外のところは、我々素人にもっと預けてもいいと思うんですよね。
ーーそう思えるのも、今も大石さんに相談できれば飛んでくる関係性にあるっていうことも大きそうですね。
高口さん:それはありますね。単に、「作ってください」と発注して、完成して納品っていうだけじゃなくて、その過程にいろんな会話が入って、イメージが膨らんだりしながら良いものが生まれる。それを実感しましたね。そのためには、さらに個人でセンスも磨いていかなきゃいけないよね?(笑)
大石:はい!頑張ります。
ーー楽しみですね。今日はありがとうございました。
「新しいお店を作る」といった共通のプロジェクトを通して、いつしか親子のような関係にまで発展する。いつの間にか、困ったときにはお互いが助け合える関係になり、付き合いが長く続く。ハンディのメンバーが常々話している、“家づくりに終わりはない”という言葉の意味には、家づくりそのもののことだけではなくオーナーさんとの関係も含まれているということが、今回よくわかりました。10年後の高口さんと大石さんの関係も楽しみです。
取材・文 石垣藍子
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